最終話 これからも三人で
「凛って千景さんのこと、愛してるの?」
「そういう噂が聞こえてきたんだけど、詳しく聞かせてくれないかな?」
お昼休み、私は、紗季と栞に詰め寄られていた。芽衣がそれをにやけ面でみつめている。
「……ノーコメントで。ほら、芽衣。ご飯食べに行くよ」
「はいはい」
私は芽衣の手を引っ張って逃げるように教室を出た。そのままいつもの空き教室に向かうのではなく、今日は千景の教室に向かう。
教室に入ると、その瞬間生徒達がざわめいた。
「千景。愛しのお姉ちゃんが来てるよ。ほら、行ってあげなよ」
「……やめてよ。そんな、からかうの。というかお姉ちゃんは何しに来たの? 火に油そそぐような真似してさ」
千景は顔を真っ赤にして、私を睨みつけてきた。私は苦笑いしながら「お弁当一緒に食べようよ」と千景を手招きした。
千景は驚きに目を見開いていたけれど、小さくため息をついて私の所にやって来た。生徒達は「いってらっしゃい。愛しのお姉ちゃんと楽しんでね」なんて千景を茶化している。
けれどそこには憎しみなんてなくて、ただただ親愛の情が込められていた。
「はぁ。お姉ちゃんのせいでとんだ災難だよ」
廊下を歩いていると、千景が頬を膨らませた。
「まぁ責任はどちらかと言えば、芽衣にあるんだけどね」
「えっ。私のせいにしないでよ。実行したのは凜でしょ?」
千景はじっと芽衣をみつめる。かと思うとぺこりと頭をさげた。芽衣は苦笑いして千景をみつめている。
「そんなよそよそしくしないでよ。私たちは幼馴染なんだからさ」
「……芽衣はお姉ちゃんのことが好きなんじゃないですか?」
いぶかしむような声色で千景がささやいた瞬間、芽衣の表情はこわばってしまう。「そ、そんなことないよ」と大慌てで否定するけど、あまりにもあからさまだった。千景はますます不満げな顔になってしまう。
「確かに私は凜のこと、好きだよ。でも千景ともまた仲良くなりたいって思ってたんだ。小学生の頃みたいにね」
「……でも、お姉ちゃんは渡しませんから」
私と芽衣は顔を見合わせた。芽衣は私のことが好きで、千景もそのことに気付いていて。どうにも一筋縄ではいかないような気がする。私たち三人が元通りの関係になるのは難しいのだろう。
芽衣もしょんぼりと肩を落としている。かと思えば突然、とんでもないことを口にした。
「それなら凜の愛人、じゃだめかな?」
「ちょっ。芽衣!?」
私が大慌てしていると、千景はじとーっと私をみつめてくる。
「どういうこと? お姉ちゃん」
「凜は私が歪むことを求めたら、歪めてくれるって約束してくれたんだよ。それだけ私のことを大切に思ってくれてるってこと」
二人は視線をぶつけ合って、バチバチと火花を散らしていた。私は慌ててその間に割り込んで、千景の頭を撫でた。
「で、でも芽衣はいい子だよ」
「私とお姉ちゃんが付き合ってるのに、愛人関係を求めて来るような女がいい子……? 私、流石にそんな人を好きになる自信はないよ? お姉ちゃんのことも嫌いになっちゃうかも」
それが普通だ。芽衣は大切な人ではある。傷付けたくなんてない。でも千景が認めてくれないのなら、私はやっぱり千景を選ぶと思う。
「……そっか」
芽衣は寂しそうな顔をしていた。だけど千景はため息をついたかと思うと、芽衣をじーっとみつめてつげた。
「……でも芽衣が私を惚れさせてくれるのなら、認めてあげてもいい。私がお姉ちゃんのことも芽衣のことも好きになって、芽衣も私のこともお姉ちゃんのことも好きになって。そうなれば丸く収まると思うから」
とてつもなく複雑な関係のように思える。大人になれば恋愛感情が芽生えてしまうから、普通は子供のままではいられない。けれど私も芽衣も小学生の頃の三人組にまた戻りたいと思っている。
私たち三人はやっぱり歪んでいるのだ。でもだからこそ突拍子もない千景の提案だって素直に受け入れられそうな気がした。
「お姉ちゃんもそれでいい?」
「……本当に良いの? 千景がここまで素直に受け入れてくれるとは思ってなかったから。もしも、罪悪感のせいでとかなら、そんなのは……」
「違うよ。私も芽衣のことはそれなりに大切に思ってたから。お姉ちゃんほどではないけど。芽衣がお姉ちゃんのことを好きだって気持ちには気付いてたし、そこに割り込む形になった私だけがいい思いをするのも違うでしょ?」
私たちは空き教室にたどり着いて、椅子に座りお弁当を開く。
「……ちなみに、いつ気付いてたの?」
芽衣が問いかけると、千景は「小学四年生の頃だよ」とつげた。
「流石に六年の恋を踏みにじりたくはないから」
芽衣に視線を向けると、顔が茹でガニみたいに真っ赤になっていた。
「芽衣って、思ったよりも重いよね。いや、知ってたけど……」
「だから無理だったんだよ。諦めたかったけど私も凜に恋するのがもう、日常みたいになってたから」
「……私の方がお姉ちゃんへの思いは重いけどね」
なんて千景が張り合うものだから、私は笑ってしまう。
私たちは小学生の頃のような真っすぐな関係ではなくなってしまった。でも三人で一緒にいられるのなら歪なのも悪くないと思う。世間は私たちの関係を間違ったものだと断定するのだろう。
でも私たちにとっては、これが正解なのだ。
〇 〇 〇 〇
放課後、私と千景は二人で帰路についていた。ためらいもなく恋人つなぎをできる今が、本当に幸せだった。
「元はと言えば、私が歪んだのが諸悪の根源なんだよ。だから私はこれからは、お姉ちゃんのことも、芽衣のことも大切にしたいと思ってる」
「諸悪の根源だなんて言わないで。千景が私を歪ませてくれなかったなら、きっと私たちは付き合えなかった。悪いことばかりじゃない。というか良いことばかりだよ」
憎しみあうのは辛かった。大切な妹を傷付けるのも、傷付けられるのも耐えがたかった。けれどその過程なしには私たちは幸せになれなかったのだ。
「お姉ちゃんは前向きだね。私はやっぱり自分を否定しちゃいそうになる。お姉ちゃんだけじゃない。たくさんの人を傷付けちゃったから」
「だったらこれからはみんなを笑顔にすればいいよ。千景。二人でテニス部に戻らない?」
私が問いかけると、千景は怯えるような表情になった。
「……でも私は」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんが助けてあげるから。みんな千景のことは嫌ってたけど、千景の才能は認めてくれてた。今の千景ならみんなとも仲良くなれるよ」
私が笑うと千景は満面の笑みを浮かべた。
「頼りにしてるからね。お姉ちゃん」
大嫌いな妹のファーストキスを奪った 壊滅的な扇子 @kaibutsu
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