第42話 あからさまな嘘

 千景はうつむいて、力なく笑う。


「私はお姉ちゃんを信じられない。けどせめて本当の気持ちだけは伝えたかったんだ。そうじゃないと、おかしくなりそうだったから」


 何を言っているのだろう。私のことを信じてくれていないのなら、一体これまでの言葉は何だったというのか。


「お姉ちゃんは私を受け入れてくれた。そこにどれだけ本心があるのかは分からないけど、受け入れてくれた。……お姉ちゃんは、本当にシスコンだよ」

「全部本心だよ?」


 私はそっと千景の髪の毛を撫でながら、その綺麗な横顔をみつめる。私は千景への好意を否定する理由を失うほどに歪んだ。だから何もかも全て真実なのだ。けど千景は暗い表情のまま首を横に振った。


「私のためなら、お姉ちゃんはきっとどんな嘘だってついてくれるんだろうね」

「……何言ってるの?」

「お姉ちゃんは本当は、私を嫌ってるんでしょ? でも話を合わせてくれた。おままごとみたいだけど、それでも私は嬉しいんだ。実際には私の片思いなんだと思う。……でも」


 カチカチと時計が時を刻む。何かが致命的に食い違っている。それは分かっていた。けど、それを正すために何をすればいいのか全く分からなかった。


「ちょっと待って。私は本気で、千景のこと……」


 大慌てで千景に声をかけるも、千景は諦めたような表情のままだ。


「本当にお姉ちゃんは優しいね。でもお姉ちゃん。私はお姉ちゃんに許してもらえるなんて思ってない。これまで散々酷いことしてきたから、好かれるはずもないんだよ」


 確かに千景は酷いことばかりしてきた。私からテニスを奪ったり、人前でキスをしてきたり、まだ歪んでいなかったころの私に肉体関係を求めてきたり。けれどその全てが好意ゆえだと分かった今、千景を嫌いになる理由なんてない。


 でも千景は本質的には優しい子なのだろう。中学に入ってから今日まで、ずっと私を傷付けてきた。その罪悪感に縛られてしまっている。


「……どうすれば、信じてくれるの?」


 私は震える声で問いかける。こんな、やっと仲良くなれそうだって思ってたのに。心から繋がれるはずだったのに。千景はこれまでぶつけてきた憎悪の矛先の全てを、自分自身に向けてしまっている。


 私はお姉ちゃんであり、恋人でもある。この世で一番大切な人の心を、その本人に傷付けて欲しくなんてない。


「信じないよ。お姉ちゃんが、私なんかを好きになるわけ、ないから」


 千景は力なく笑った。それを呆然とみつめていると、千景は私の腰に腕を回した。そしてこんなことをささやいてくるのだ。


「お姉ちゃん。もう一回えっちしようよ。本物の恋人みたいにして欲しいんだ。さっきのも良かったけど、もっと。……もっと私を愛したふりをして欲しい」

「待ってよ。千景……」

「したくないのならしなくてもいいよ? 私は結局、お姉ちゃんの善意とか、お姉ちゃんとしての義務感とか優しさとか、そういうのを搾取してるだけなんだから」


 私は必死で千景を抱きしめる。私は器用じゃない。千景みたいに才能なんてない。だからただひたすらに愚直な行動と言葉で伝えることしかできない。


「違うよ! 私は本気で千景のことが……!」


 けれどその精一杯の行動だって、千景は防いでしまうのだ。千景は優しく私に口付けしたかと思うと、今にも泣き出しそうな顔で微笑んだ。


「今は、何も言わないで欲しい。そんなあからさまな嘘、つかないで?」


 その瞬間、私は何も言えなくなってしまった。

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