第17話 あんたを信じた私が馬鹿だった

 私は顔をしかめて、千景を睨みつける。


「あれはえっちじゃない」

「分かってるじゃん、私たちは姉妹で、お互いを憎しみあってる関係。これからは約束通り、外では普通の姉妹でいてあげるけど。……でも私の気持ちは変わってないから。これからも私はお姉ちゃんを嫉妬させる。才能の差で絶望させてあげる。約束したから大切なものなんて奪わないけど、精神的には痛めつけてあげるから!」


 そんな風にすらすらと人を見下す言葉を告げる千景に、恋する女の子の面影はなかった。もしかすると千景はずっと演技していたのかもしれない。私を騙すために。私を傷付けるために。私を無駄に悩ませるためだけに。


 千景なら、十分にあり得る。これまで散々痛い目を見てきたのに、私はあまりにうかつだった。どうして信じてしまったのだろう。真剣に悩んでしまったのだろう。


 馬鹿みたいだ。やっぱり千景は、本当にどうしようもない。


 ふつふつと怒りが湧き上がってくる。


 拳を握り締めて、奥歯を噛みしめながら、私は千景を睨みつけた。


「一週間、本気で悩んでたのに。夜も眠れないくらい、真剣に考えてたのに。妹の気持ちにどう向き合うべきか。どうやって正しい幸せに誘導してあげるべきか。ずっとずっと考えてたのに!」


 気付けば、目から涙が零れ落ちていた。千景を信じた自分が惨めで、千景に裏切られたことが、悲しくて。ほんの少しでも千景のことを幸せにしたい、なんて思った自分が、本当に、本当に許せなかった。


「……え」


 どうしてか千景は呆然とした表情で、私をみつめている。今さらそんな表情を演技して、また私を騙そうってわけ? その手には絶対に乗らないから!


「本当に最低。私の気持ち、弄んで。心配させて。あんたなんかと普通の姉妹になりたいと思った私が馬鹿だった。……普通の姉妹のふりなんてしなくていいから」

「……お姉ちゃ」


 千景の声は震えていた。本当に天才的だ。将来はなんにでもなれるのだろう。大女優でも詐欺師でも、なんにでも。


「その呼び方もやめて。私がどれだけ不安に思ったって思ってるの? もしかして私のこと好きなんじゃないかって。妹がそんな間違った考え方持っちゃったんじゃないかって。私がキスとか、セックスみたいなことしたせいで。……ずっとどうしようかって悩んでたのにっ!」

「……間違った、考え」

「そうでしょ? 姉妹で恋愛とかおかしい。でもそのおかしさで私を悩ませるのがあんたの意図だった。おもちゃで遊ぶみたいに私の良心を弄ぶあんたを、私はもう、妹だなんて思わない。だからあんたも、私のこと、お姉ちゃんだなんて思わないで!」


 私が泣きながら叫ぶと、千景もまた一筋の涙を流した。けれどもうそれに同情するほど、私は馬鹿じゃなかった。もう騙されない。あんたなんかの心配なんて、絶対にしないから!


 睨みつけていると、騙せないと思ったのか、千景も演技するのをやめた。涙を流しながらいつもの蔑むような半笑いを浮かべる。


「……なんで私がお姉ちゃんの言うこと聞かないといけないわけ? 私はこれからもお姉ちゃんのこと、お姉ちゃんって呼ぶから」

「そうですか。勝手にしなよ。でも普通の妹のふりなんてしないで。学校で私に関わらないで。家の中でも話しかけないで。あんたは本当に最低の妹だよ」


 私は扉を乱暴に閉じて、自分の部屋に戻った。


〇 〇 〇 〇


 私は一人、自分の部屋でベッドに腰かけて、涙を流していた。


 素直に好きだよ、って言えたなら、どれだけ幸せだっただろう。でも私はこれまでずっとお姉ちゃんを傷付けてきたのだ。しかも私たちは姉妹で。だから、好きだなんて伝えてもいいはずがなくて。


 だってきっとそんなこと言っても、お姉ちゃんは私を受け入れてくれないだろうし、拒絶するだけだって思ってたから。だから私は嘘をついた。お姉ちゃんとえっちした日の、あからさますぎた素の態度も全部嘘だっていった。


 けどお姉ちゃんは、どうやら、本気で私の気持ちに向き合ってくれてたみたいだった。なんで。……なんで私、素直になれないんだろう。肝心な時にお姉ちゃんを傷付けてしまうんだろう?


 小学生のころみたいに仲のいい姉妹に戻りたい。でも私は普通じゃない。才能もそう。恋愛だってそう。実の姉を好きになってしまうなんて異常だ。なんで私は普通に生まれられなかったのだろう? こんないらない才能ばかり与えられて、お姉ちゃんに恋なんてしてしまって。


 こんなのいらないよ。全部、いらないから……。


「お姉ちゃん。お姉ちゃんっ……」


 私を、見捨てないで。私を、一人にしないでよっ。

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