第10話 いったい何を考えてるの?

 昇降口で千景と別れて、それぞれの教室に向かう。教室で授業を受けていると、時間はあっという間に過ぎていった。昼休みになるも、今日は一度も千景は教室にやってきていない。


 いつもなら、一日に一度は教室にやってきて、私を馬鹿にしてくるはずなのに。幼馴染の芽衣もそれを不思議に思ったのだろう。


「今日は千景ちゃんこないね」


 窓際で単語帳を読んでいると、そう話しかけてきた。


「また何か悪いことでも考えてるんでしょ」

「そうかもしれないね……。あ、そういえば対話するって言うのはどうなったの?」


 ショートヘアを揺らしながら、興味深そうな瞳で私を覗き込んでくる。私は単語帳を読むのを中断して、芽衣をみつめる。


「失敗だよ。あいつは……、想像以上に歪んでた」

「そっか。それならもう諦めたら?」


 芽衣は明るい笑顔で、私の髪を撫でてくれる。けれど諦めるなんて選択肢はないのだ。私はもう千景への罪悪感に縛られてしまっている。大切に思っていた妹が、あれほどまでに歪んでしまったのだ。……私が何もできなかったせいで。


「もう少し頑張ってみるよ。大切な妹だから」

「……でも私、千景ちゃんのこと嫌いだよ。ずっと頑張ってたテニスを凜から奪ったし、みんなの前であんな、……キスとかしたし、凜のファーストキスだって、奪ったし」


 芽衣は優しい子だ。だから私を心配してくれている。だからこそ、不安なんて感じさせたくはない。


「大丈夫だって。私はファーストキスとか、気にしないから」

「……私が気にするの。あっ、そ、そういう意味じゃなくてね? 単純に、凜には、凜は大切な幼馴染だから、やっぱり大切にしてほしかったというか……」


 芽衣は顔を赤くしながら、うつむいている。傍からみても千景の振る舞いは目に余る。心配をかけないためにも、せめて表面だけでも正常にしたいものだけれど、今の千景をみていると、それは難しそうだった。


「どうしようもないって思ったら、諦めるから。だから心配しないで」

「……約束だよ?」

「うん。約束する」


 私が微笑んでも、芽衣は不安そうだ。


「……指切り、してよ。絶対に守るって」

「分かった」


 芽衣が小指を差し出すから、私はそこに小指を絡ませた。指切りげんまんの歌を歌い終えると、芽衣は少し表情を明るくしている。


「お姉ちゃんとして頑張るのもいいけど、せっかくの青春なんだから、凜はもっと恋愛するべきだよ」

「でもいい人がいないんだよ。それにみんな私のことなんて興味ないでしょ?」

「そんなことないって! 案外近くにいるかもしれないよ? 凛のこと大好きな人」


 そんな人、いるのだろうか。千景が本性を明らかにするまでは、みんな私ではなく千景にばかり興味をもっていたけれど。小学校のときも、中学校のときも。


「……例えば、私、とかさ」

「えっ?」


 昔のことを思い出していたせいで、聞き取れなかった。でも私が聞き返すと、芽衣は顔を真っ赤にして大慌てで「なんでもない」と首を横に振っている。


 どちらにせよ、今の私には恋をする余裕なんてない。小学生のときはあんなにも純粋で可愛かった千景が歪んでしまった。その責任を取らないといけないのだ。


 昼休みの次の授業は体育だった。千景のクラスとの合同だ。私と芽衣は体操服に着替えて、体育館に向かった。


 今やっているのはバスケだ。千景はバスケ部員を圧倒するほど上手で、千景に心を折られた部員は多いらしい。今日もどうせ、みんなを圧倒して蔑み見下すのだろう。


 けれどなんとなく千景を観察していると、今日は消極的だった。自分から積極的に動かない上に、周囲から避けられているせいでボールが一向にまわってこないのだ。


 大嫌いだとはいえ、妹が不憫な目にあっているのは気になる。私は千景のいるコートに向かって、みんなに告げた。


「みんな、千景にもボール回してあげてね」


 私は学校では悲劇のヒロインということになっている。だからみんな、不服そうながらも頷いてくれていた。そんな私を千景は不思議そうにじっとみつめている。


 私は千景の傍まで寄って、話しかけた。


「……あんたもボール回すようにみんなにいいなよ」


 すると千景はこくりと頷いて、みんなの所へ走っていった。そのおかげか、みんな千景にボールを回すようになっていた。ボールを手にした千景は、苦も無く相手チームの守備を突破して、シュートを決めていた。


 かと思うと、さりげなく私の方に視線を向けてくる。


 今日の千景は妙に素直だ。一体何を考えているのだろう? 


 このまま、また小学生のころみたいな千景に戻ってくれたらいいのに。


 なんて考えてみるけれど、姉に犯されることを望む千景と、本当に妹を犯してしまう私。それほどまでに歪んでしまった私たちに、普通なんてのはあり得ないのだろう。私は小さくため息をついた。

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