第9話 お姉ちゃんのばか
思いだすだけで、最悪な気分になる。私は、お姉ちゃんであるにも関わらず、妹である千景をレイプしたのだ。望まれたとはいえ、千景本人も矛盾する感情に苦しんでいるみたいだったのに。
声は震えていたし、明らかに私に犯されることを恐れていた。それでも最後にはその恐怖を跳ねのけて私に罪悪感を植え付け、執着されることを選んだのだ。私自身も千景の思いに応えて、そうすることを選んだ。
そうして妹を犯したことに、ただただ罪悪感を覚えるだけならまだいい。でも私は、思い返してみれば、高揚感を全く感じていないと言えば嘘になってしまう。
私は私の手で、快楽に悶える千景をみて、確かに興奮していた。大嫌いな私に犯されているのに、気持ちよさそうに腰をうねらせて、股を湿らせて。
胸がドキドキなんて、そんなきれいな表現は正しくないのだろうけれど。快楽に悶える千景のことを、これまでで一番可愛いと感じてしまったのだ。
いつもは何事も完璧なあいつが、全てを見下しているあいつが、あんな風に快楽に溺れて目をとろんとさせて、いやらしい声を出していた。その光景はあまりにも刺激的で、そのせいか部屋に戻った今でも心臓がいつもより早く脈打っている。
こんな表現では、恋だなんて綺麗な感情だと勘違いされてしまうかもしれない。けれどこれは断じて恋じゃない。もっと醜くておぞましいものだ。仮に本当に恋だったとしても、今の私にはそれを受け入れる覚悟なんてない。
だってあいつは、私を憎んでいて、私にすら憎むことを要求してくる。そんな狂い果てた人間で、そしてそんな狂人を生み出してしまったのは、小さなころからずっと一緒にいる私なのだから。
罪悪感で、恋をするどころではない。もっともこれが恋だなんて、あり得ないと思うけれど。だって千景は私の妹だ。妹に恋をするお姉ちゃんなんて、どこにもいない。でもそんなことを言うのなら、妹を犯すお姉ちゃんもどこにもいないわけだけれど。
とにかく、このことについて、深く考える余裕は私にはなかった。
私はベッドに倒れると、精神的疲労ゆえかすぐに眠りについた。
きっと明日からも、あの狂人は、私に罪悪感を植え付けるため、積極的に行動するのだろう。私を見下し、蔑み、そして報復の大義名分を与える。私に実の妹を犯させる。
報復をしないという選択肢はもうないのだ。私は妹を狂わせてしまったことに途方もない罪悪感を覚えていて、その上、妹がその実の姉に犯されるのを望んでいることを知ってしまった。
千景が望むのなら、罪滅ぼしのためなら、どれほど自分を傷付けることになろうとも、逆らえない。私はあいつのことを大切に思ってる。昔のあいつは本当にいい子で、だからこそ、見捨てるなんて選択肢はあり得ない。
例え狂い果ててしまったとしても、千景は私のたった一人の妹なのだ。
翌朝、私はリビングで千景と鉢合わせた。いつもなら憎まれ口の一つでも叩くはずなのに、どうしてか私と目が合うと顔を真っ赤にしている。
その反応には大きな違和感を感じた。恐れたり、蔑んでくるのなら、理解はできる。なのにどうしてこんなに恥ずかしがっているのだろう?
朝食を取っていると、不意に千景に呼びかけられた。
「……お姉ちゃん」
私は表情を強張らせながら、千景をみつめる。
「……どうしたの?」
じっと見つめていると、千景はますます顔を赤くした。耳まで真っ赤になっている。かと思うと、視線をふらふらさせて「なんでもない」と小声でささやく。
そんな奇妙な態度に困惑してじっとみつめていると、千景は恥ずかしそうな上目遣いで、私をみつめてきた。
「……こっちみないで。昨日私をレイプしたくせに」
「それはあんたが……!」
「実行したのはお姉ちゃんでしょ?」
その通りだ。反論する気も起きず、私は黙り込む。
「……その、お姉ちゃんはどうだった?」
「どうだったって?」
「私のこと、レイプしてみて……」
理解不能な質問に、私は目をぱちくりさせた。レイプした感想って、意味が分からない。一体どんな返答を千景は求めているのだろう? 罪悪感がすごかった、とでも言えばいいの?
「なんなの。その質問は。あんたはどんな返答を望んでるの?」
私が睨みつけると、千景は肩を落とした。
「もういいよ。答えなくて。お姉ちゃんのばか」
さらりと侮辱されたかと思うと、千景はお皿をキッチンに持っていった。そのままいつも通り一人で身支度を整えるのかと思えば、不満そうな表情で私の所へと櫛をもってきた。
眉をひそめていると、千景はつげた。
「お姉ちゃん。髪、ととのえて」
「……なんで。あんたいつも一人でしてるでしょ?」
「今日はお姉ちゃんに整えてもらいたい気分なの! 私のことレイプしたんだから、いうこと聞いてよ!」
そんなこと言われたら、逆らえるわけがない。私はしぶしぶ、櫛を受け取った。また何か悪いことでも考えているのだろうか。これも私に報復の理由を与えるための前振りなのかもしれない。
でも櫛で髪の毛を梳かすことが、どう報復に関係してくるのか、私の知能じゃさっぱりわからなかった。
「……後ろ向いて」
「うん」
私がささやくと、千景は素直に後ろを向いた。千景の髪の毛はさらさらで真っすぐだから、櫛もするりと通る。無言で梳いていると千景はつげた。
「どう? 私の髪の毛」
表情はみえないけれど、声はなにか期待しているようだった。私はずっと千景のお姉ちゃんだから、微かな声色の違いで感情が分かる。
「……綺麗だけど」
「ふふん。そうでしょ。お姉ちゃんだけなんだからね? 触らせてあげるの」
千景は自慢げに胸を張っていた。
どういう反応をすればいいのか分からない。私たちが普通の姉妹なら、ほのぼのした時間を過ごせるのだろうけれど。私たちは生憎普通じゃない。
「……そりゃ嬉しいね」
「嬉しくなさそうだね」
「あんたの髪は小学生のころ、嫌というほど触ったから。毎朝整えてあげてたでしょ」
私がつげると、千景は見るからに不服そうな表情で振り返った。
「……やっぱり小学生の私の方が好き?」
「好きに決まってるでしょ。でもあんたは、今のあんたを見て欲しいって私に懇願した。だから私は今のあんたをみてる。それでいいでしょ?」
「今の私は、嫌い?」
「嫌いに決まってる。あんたなんて、大嫌い。本当に、死んじゃえばいいくらい嫌いだよ」
どれだけ狂ってしまっても、妹は妹だ。進んで侮辱なんてしたくない。だから私としては正直嫌だけれど。でもこういう風に憎しみをぶつけてもらうのが、千景の願いなのだ。
「……そっか」
でも千景は心なしか、寂しそうにしていた。だけどすぐにいつもの蔑むような表情になって「私もお姉ちゃんのことなんて、殺したいくらい大嫌いだよ」と笑っていた。
私たちは身支度を整えて、家を出る。今日は珍しいことに千景が誘ってきたのだ。「一緒に学校行かない?」と。理解できないけれど、賢い千景には何か理由があるのだろう。
私が千景に執着するように、自分を犯させ私に罪悪感を与える。千景はそのための神算鬼謀をめぐらせているに違いないのだ。
私は憂鬱な気持ちで、千景の隣を歩いた。
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