第6話 歪んだ喜び
芽衣と二人で教室に戻ると、クラスの皆が一斉に私をみつめてきた。顔をしかめながら席に着くと、こそこそと声が聞こえてくる。
「姉妹で付き合ってたりするのかな?」
「でも千景って人、凜さんをボコボコにするためだけにテニス部に入って、大会に出たんでしょ?」
「棄権したんだってね。せっかく県大会進めるのに」
「しかも凜さんが部活やめたら当てつけみたいに、自分もやめたんでしょ? 信じらんない。そんな奴と付き合ってるとか絶対あり得ないよ」
「……でもじゃあなんで凜さんはキスを? 千景さんの言い方からすると、最初に凜さんがキスしたみたいだったけど」
事情を知らない人たちからすれば、理解なんてできないだろう。事情を知っていたとしても、共感してもらえる気はしない。それにわざわざ弁明するのは、なんだかわざとらしくてむしろ勘ぐられそうに思える。
だから私は黙って、英単語帳を復習していた。
しばらくすると先生が教室に入ってきて、英単語のテストが始まる。気分は良くないけど、問題なく全て解けた。安堵していると、紗季と栞の二人が話しかけてきた。
二人とは芽衣ほど仲がいいわけじゃないけど、たまにお昼を一緒に食べる程度の仲ではある。
「災難だったね」
「妹ちゃんは一体何考えてるんだか」
二人の瞳には好奇心がありありと浮かんでいた。二人は噂話が好きだ。だから私からことの詳細を聞きたいと思っているのだろう。
「わかんないよ。あいつのやることなんて理解できたためしがない。性格が歪んでるんでしょ」
人前で実の姉にあんなキスをすれば、あいつだってダメージを受けるはずだ。それでもわざわざ教室で報復することを選んだのだ。
「良ければお昼にでもお話聞かせてくれないかな?」
「お昼ご飯でも一緒に食べながらさ」
二人とも目をキラキラさせている。面倒だけど私としても友達に妙な誤解をされるのは避けたいから、承諾した。
四時間目の授業が終わって昼休み、私と芽衣と紗季と栞の四人で、空き教室でご飯を食べていた。私は二人に事の顛末を話した。二人は「嫌いな人にキスをするなんて凄いね」なんて驚いていた。
けれど「このままだと不毛な争いが続くだけだね」とも冷静に告げていた。私もそれは危惧していた。
「どうすればいいのかな」
私が問いかけると紗季と栞の二人は口々につげた。
「やっぱりちゃんと言葉を交わすしかないんじゃないかな」
「二人がまともな会話かわしてるとこ、私は見たことない。家でもちゃんと話してないんじゃないの?」
「なにごとも相互理解が大切だよ。どうしてそんなことをするようになったのか、とか聞いてみるのが大事なんじゃないかな」
正直それで上手く行く気はしないけれど、でもそれ以外に方法はないように思えた。私は「そうしてみる。ありがとう」とお礼を伝えて、お弁当箱に箸を伸ばした。
〇 〇 〇 〇
私はお姉ちゃんにキスをしたあと、自分の教室に戻って英単語帳を読んでいた。クラスメイトはさっそく私の噂話をしていた。
「あいつ、姉にキスしたらしいよ。教室で、みんなの前で」
「えー。それ本当? お姉さん、気の毒だね。あんなのが妹なんて」
「本当に。お姉さんが先にキスしたとか言ってたらしいけど、絶対嘘だよ」
当てつけみたいに、大きな声で騒いでいる。
でもどうでもよかった。どうせ私を理解してくれる人なんて、このクラスにはいない。みんなは私が一方的に拒絶しているのだと責めるけれど、一番私を遠ざけてるのは、あなた達でしょ?
あなたたちはお姉ちゃんと違って、私と張り合う気概もない癖に。私の才能に嫉妬して、影でこそこそいうのが限界な癖に。
本当の私なんて、見てくれない癖に。
でもお姉ちゃんは私を真正面から明確な敵だとみなしてくれている。群れないと私と顔もまともに合わせられない連中とは違う。
たぶん、昨日のキスにドキドキしたのもそのせいだと思う。蹂躙されたことを喜んでいたのではない。ただお姉ちゃんが私を一人の対等な人間だと、報復すべき相手だとみなしてくれているのが嬉しかったのだ。自分の初めてを捧げてでも、報復したいと思ってくれているのが嬉しかったのだ。
お姉ちゃんだって逃げようと思えば逃げられたはず。私との圧倒的な才能の差にひれ伏すことだってできたはず。それでもずっと、執念深く私のことを思ってくれている。それが心から嬉しいのだ。
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