第25話 罪悪感に心を焼かれる
夏休みがやって来た。私は夕方、蝉の鳴き声を聞きながら浴衣をお姉ちゃんに着付けてもらっていた。でもその手つきは乱暴で、愛情なんて微塵も感じられなかった。
どうせ嫌われてるんだから、姉妹なんだから、体の関係以上にはなれないのだから、脅して望むものを要求してしまえばいいと思った。お姉ちゃんは私に逆らえないのだ。
両親は私を信用している。そしてこれまで苦も無くやって来た私が突然こんな風になった理由を知りたいと思っている。
「お姉ちゃんにレイプされた」と言えば、問答無用で私の味方をするはずだ。お姉ちゃんはそのことを理解している。だからホテルに連れ込めば、なめさせるだけじゃなくて、本当のえっちをすることだってできる。
「お姉ちゃん。私の頭、撫でて。優しくね」
「なんで今?」
お姉ちゃんは浴衣を整えながら、私を睨みつけてきた。
「撫でてくれないなら、いうよ?」
でも私が一言告げるだけで、不服そうながら手を頭に伸ばしてくれる。優しく、優しく。まるで小学生の頃のように撫でてくれるのだ。でもそれは心からの愛情じゃなくて、私に脅されて仕方なくそういうふりをしているだけ。
望みが叶う。それはとても嬉しいことのはず。でも少しも嬉しく感じられなかった。むしろ辛いというか、後悔というか。
頭を優しく撫でてもらうたび、罪悪感に心が焼かれていくようだった。だから私はお姉ちゃんから目をそらして、口を開く。
「もう撫でなくていい」
「……」
お姉ちゃんは無言で浴衣を着つける作業に戻っていった。
きっとここから先、一歩でも踏み出せばお姉ちゃんは私を二度と、許してくれなくなるのだろう。まともな姉妹にはもう二度と、戻れなくなる。高校を卒業して大学に進学して実家を出ていけば絶縁されてしまうと思う。
でも私はどうしてもお姉ちゃんとえっちしたかった。お姉ちゃんの処女が欲しかった。一生、妹な私が初めてなんだってこと、刻み付けてやりたかった。
それくらい、いいよね? だって、私の恋は、こんなにも苦しい。ちょっとしたご褒美くらい、あってもいいはずだ。
だけど本当にお姉ちゃんに絶縁されてしまったら、どうしよう。私を見てくれたのは、お姉ちゃんだけだった。私がどれだけ歪んでしまっても、お姉ちゃんは私を見捨てなかった。
そのおかげでほとんどの人が私を理解してくれないこの世界で、私は生きてこられたのだ。だからきっと私はお姉ちゃんがいなくなったら、生きていけない。
私はお姉ちゃんのことが大好きで、これまでに、そしてこれから手に入れるあらゆるものよりも大好きで。だからこれから先、お姉ちゃんを失って、死ぬまで途方もない欠落を抱えながら生きていくなんて、考えられない。
それなら、手っ取り早く死んだほうが、合理的だ。お姉ちゃんがいなくなったら、私は死んでしまうと思う。
「ほら、できたよ。次はあんたが私に着付けて」
お母さんの指示で、私たちはお互いの浴衣を着つけることになっていた。親睦を深めて欲しいとか思ってるのかもだけど、こんなの付け焼き刃だ。私たちはもう途方もなく歪んでしまっていて、ねじ切れる寸前まで来ている。
私はお姉ちゃんの体を前から抱きしめるような形で、帯を結んでいた。どうしてこんなに胸がドキドキしてしまうのだろう。お姉ちゃんは私のことなんて好きじゃないのに、どうして私はお姉ちゃんのことを好きになってしまったんだろう。
「……大好きだよ」
私は気持ちを堪えきれなくて、お姉ちゃんの耳元でささやいた。だけどお姉ちゃんは私の方を見ることもせず「いい加減にして」とつぶやくだけだ。
「あんたは最低の妹だよ。人を脅して、好き勝手して。本当に最悪」
私は肩を落として、お姉ちゃんから離れる。私の手先はお姉ちゃんよりもずっと器用だから、お姉ちゃんがするよりも短い時間で、着付けは終わった。お姉ちゃんは鏡で出来栄えをみてから、私の浴衣に目を向けた。
「……あんたって本当に何でもできるんだね」
なんてささやきながら、突然、私に抱き着いてきた。ふわりといい匂いがした。けどすぐに気付く。抱き着いてきたんじゃなくて、きっと浴衣の着付けの出来栄えが気になっただけなんだろう。
でもそれでも、私の胸のドキドキは止まってくれなかった。
昔はお姉ちゃんに憎まれても、嬉しく感じていた。けど今は、ただただ辛いだけだった。こんなことになるのなら、気持ちになんて気付きたくなかった。
本当に馬鹿みたい。妹なのに姉に恋をする。これまで徹底的に虐めてきたのに、今さら好かれたいと思う。
天才になんてなりたくなかった。お姉ちゃんをただのお姉ちゃんとして慕いたかった。
けどそれはもう私じゃない。私は異常だからこそ、私なのだ。きっと私という人間は、お姉ちゃんに恋焦がれ苦しみ、死んでいくためだけにこの世に生まれ落ちたのだと思う。そうとしか思えなかった。
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