第2話 復讐のファーストキス

 大会が終わってしばらくして、中間テストの結果が帰ってくると、千景はいつも通り満点の成績表を見せびらかしてきた。私はもう何の反応も返さなかった。


 妹だと思っていた。でも千景は私をお姉ちゃんだなんて思ってないのだろう。だったら私ももう千景を妹だなんて思わない。


 うんざりした気持ちで自室のベッドに寝転んでいると、一階から両親の機嫌のいい声が聞こえてきた。「流石」だとか「今回のご褒美は何がいい?」とか。私には向けられたことのない明るい声が、千景には向けられていた。


 ため息をついてから、イヤホンをつけて音楽を聴く。


 どうして私は「お姉ちゃん」として生まれてしまったのだろう。もしも私が妹ならこんな思いはせずに済んだはずなのに。あるいは私に千景に匹敵するほどの才能があれば、こんな惨めな思いはせずに済んだのに。


 毎日は最悪な気分で過ぎていく。いつもなら嬉しいはずの休日がやって来るも、気分は晴れなかった。


 日曜日のことだった。のどが渇いて一階に降りると、お母さんがリビングにやって来た。


 その手には、千景へのご褒美が入っているのだろう箱があった。注文した品が届いたのだろう。私はそれを無視して冷蔵庫に向かおうとした。だけどお母さんに呼び止められる。


「凛。私はこれから用事があるから、これ、千景に渡しておいてあげて」

「なんで私に……」

「頼んだわよ」


 私の返事も聞かず、お母さんは箱を手渡してリビングを出ていった。


 私はため息をついて、箱を机の上に置く。冷蔵庫から取り出した冷たいお茶を飲みながら箱をみつめていると、不意にあのろくでもない妹への怒りが湧き上がってきた。


 けど物に八つ当たりするのは違うと思う。私は肩を落としてため息をついてから、その箱を手に二階へと向かった。千景の部屋は廊下の一番奥で、私の部屋の隣だ。


 扉をノックする。でも返事はない。


「千景?」


 苛立ちながら呼びかけるも、千景は返事をしない。ため息をついてから、仕方なく扉を開ける。ベッドの上に千景はいた。目を閉じてすやすや眠っている。


 千景の容姿は、千景を憎んでいる私ですら美しいと思う程には整っている。腰まで伸ばした長い黒髪はつやつやで、肌は健康的な白さ。顔立ちも千景以上に綺麗な人なんて見たことがない。顔は小さくスタイルだって良くて、胸も多分、私よりも大きい。


 小学生のときは甘えん坊な性格も相まって天使みたいだった。でも今のこいつは悪魔だ。私を散々見下して、あらゆる大切なものを根こそぎ奪ってきた。


 でもきっとこれからの人生、上手く行くのはこいつなんだろう。才能も容姿も、何もかも私では勝てない。そう思うと、どうしようもなく腹立たしい気分だった。


「私の方が頑張ってたのに、どうしてこいつばかり……」


 私は箱を机の上に置いて、千景を睨みつける。


 千景は明確な悪意を抱いて、私を虐めてきた。これまではお姉ちゃんだからってことで我慢してたけど、私はもう千景を妹だなんて思っていない。それなら私だってやり返してもいいはずだ。 


 でも物理的に危害を加えるのは流石にまずいと思う。


 だから精神的に復讐することに決めた。


 しばらく考えて、一ついい方法を思いついた。口角をあげて、ベッドで眠る千景を見下ろす。そっとベッドの横に膝をついて、その綺麗な顔を覗き込む。肌のきめ細やかさやまつ毛の長さに驚きつつも、決心をする。


 頭をさげて、千景の小さくて可愛い桜色の唇に私の唇を近づけていく。すぅすぅと無警戒に眠る千景の唇を近距離でじっとみつめる。抵抗がないわけじゃない。でもこれ以上に効果的な復讐なんて、今の私には思い浮かばなかった。


 決意を固めて、千景の唇に唇を重ねた。みずみずしい花びらのような見た目通り、ぷるんとしていて弾むようだった。私はすぐに唇を離して、忌々しい妹をみつめる。


 大嫌いな私に初めてを奪われるなんて、さぞ屈辱的だろう。そう思っていたのに、千景に目覚める様子は全くなかった。


「私なんかになにされようと、どうでもいいってこと……!?」


 沸々と怒りが湧き上がってきた。これでもそれなりに緊張しながら、千景の唇を奪ったのに、まさか無反応だなんて。屈辱的だった。これじゃ私が馬鹿みたいだ。


 怒りに任せて、また唇を重ねた。今度はただ触れるだけではなかった。舌を伸ばして、千景の唇を無理やりにこじ開ける。そして口内の隅々にまで舌を触れさせて、徹底的に私の唾液を塗りたくった。


 ディープキスをしながら睨みつけていると、不意に千景がぱちりと目を開いた。寝起きだからか未だに状況はつかめていないようで、とろんとした瞳で私をみつめている。


 けれど舌先で千景の舌を撫でてやると、びくりと全身を震わせていた。


「お姉ちゃ……んっ!?」


 ようやく何をされているか気付いたのか、千景は顔を真っ赤にした。それでも私は千景の口内を容赦なく蹂躙する。驚きのあまり動揺しているのか、千景は一切の抵抗をみせなかった。


 私になされるがままにされる千景に、仄暗い満足感を得る。息が続かなくなるほどの長い時間、舌を這わせたのちに唇を離すと、唾液の橋が繋がっていた。


 私は口元を緩めて、千景を見下ろした。いつも千景が私を見下すときにするのと同じ表情で、千景につげる。


「どう? 大嫌いな私にファーストキスを奪われた気分は」


 千景は目を見開いたまま、黙り込んでいた。無意識なのか、恥ずかしそうに自分の唇に人差し指をあてている。


「言葉も出ない? 一応言っておくけど、これは報復だよ。あんたは被害者じゃない。最初に始めたのは、あんたなんだからね?」


 千景は相変わらず黙り込んでいる。いつもの傲慢な態度とは違う、弱々しい表情に私は征服感を覚えた。


「なんだ。そんな表情もできるんだ。あんたに良く似合ってるよ。これからはもう、私に喧嘩を売ろうなんて考えないこと。じゃないと、またあんたに報復するから」


 私がその可愛い唇を指先でなぞると、千景はびくりと震える。


「……報復」

「そう。もしかすると次はキスじゃすまないかもね?」


 千景は何を想像したのか、顔だけでなく耳まで真っ赤にした。これまでの人生で、最高の気持ちで私は千景の部屋を出た。

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