第12話 お坊ちゃまを問い詰めます

 翌朝私が目覚めると、レオン様はもういなかった。もちろん夜着パジャマもきちんと着たままだった。

 ふう、一安心。

 いや、疑ってたわけじゃないけど、彼には前科があるので。


 昨夜のせいでどうも寝坊してしまったみたいだけど、侍女さん達もあえて起こさなかったみたいだ。部屋を出るとすぐにリリアーナさんが気付いてやって来て、朝食の準備をしに行ってくれた。

 ほんと、ここの侍女さん達は有能だ。

 私も見習わなければ。



「ノア様、本日は旦那様も休暇をとっていらして、バルフォア卿が昨夜の件で来訪されるそうです。一緒にお話をされますか?」


 朝食のパンをもぐもぐ食べていると、アニエスさんがそう言った。暗に昨夜のショックが大きいなら同席しなくてよいと言ってくれているのだろう。

 だが、私は何が起こっているのか知りたい。


「お話が聞きたいので同席させてください」


 そういうと、アニエスさんはニコリと笑ってお辞儀して出て行った。




     *********




 その日の午後、アルバート様は再び侯爵邸にやって来た。

 私はアニエスさん達に頼み込んで、私自身でお茶の用意をさせてもらうことにした。


 アルバート様の好まれるのはスリム王国産の紅茶だ。クセが少なく赤い水色が美しい。

 紅茶を選んだ厨房で、一緒にやや暗めのくすんだ青の模様の入ったティーカップを選ぶ。この一見地味な色のカップにこのお茶を注ぐと、色合いが引き立てあってとても上品なのだ。

 きっと彼はこのお茶を私が選んだ事に気付くだろう。


 私はずっとランファール伯爵家の侍女として、一応それなりに有能な侍女としてやってきた。でも、アルバート様は私の素性を知っている。

 いつからかは知らないが、よくも黙っててくれたものだ。さあ、あの腹黒坊ちゃんは何を聞かせてくれるだろう。



 私の中にあるのは、突然の両親の死と伯爵家に連れて行かれた記憶だけだ。

 確かに両親が死ぬまでは、私は何不自由なく暮らしていたと思う。父親の身分までは覚えていないが、確かに使用人もいるような大きな家ではあった。

 あの事故の直後から、私は家に戻らず数ヶ月の間、別の屋敷で治療を受けていた。

 今から思えば変だ。


 当時は奏の意識が甦ったばかりで記憶も混乱していたし、悲しみのあまり私は事故後しばらく、両親と暮らした過去の事を思い出さないようにしていたので不思議に思わなかった。

 だけど思い当たる節はいくつもある。

 没落した貴族もたくさんいるし、全ては失ったものだと考えないようにしていたが、おそらく死んだ父は貴族の出身なのだ。


 これから戦いに向かうような気分で応接間へ向かう。飾り彫のされた扉をノックすると、中から男性の声で返事があった。


「失礼致します」


 色とりどりの菓子とティーセットの乗せられたワゴンを押して入る。部屋の中ではレオン様とアルバート様が向かい合って座っていた。

 レオン様がワゴンを押す私を見て、少し驚いた顔をする。


「ノア、こちらへ来て一緒に座って」

「ありがとうございます」


 私はゆっくりとカップに紅茶を注いだ。ルビーのように赤い液体が白と青の器に流れる。

 ああ、やっぱり綺麗だ。


 二人の前にティーカップを置いて座り、自分用にも一つ置く。後ろから付いてきていたアニエスさんが、手際よくお菓子のお皿を並べてくれた。

 さて、ご挨拶は必要ないでしょう。

 さっさと本題に入ろう。


「お坊っちゃま、私はランファール伯爵家の侍女として恥ずかしくないよう自分を磨いてきたつもりです」

「そうだね。ノアはしっかりしているし気もきくし、ソフィアも僕も助かっていたよ」

「そう言っていただけて嬉しく思います。ところで、お坊ちゃまは私がなぜ伯爵家に引き取られたかご存知だったそうで」

「ああ、父から聞いている」

「いつからご存知だったのでしょう?私は昨夜、フェザード侯爵様からお聞きしました。つい先日初めてお会いした方から。お坊ちゃまにはもう十年もお仕えさせていただいておりますが、一度もそのような事は教えていただいておりません」


 私はなるべく感情を抑えた声色で尋ねる。

 出来る侍女は常に冷静で上品なのだ。

 ふふん。


 静かな怒りを感じ取って、アルバート様は困ったように紅茶に口をつけた。

 青い目が泳いでいるぞ。


「怒ってる?ノア」


 当たり前だ。

 知っていてよくもこき使ってくれたな。

 お嬢様と違って、アルバート様にはたくさん恨みがあるのだ。小さい頃は散々いじめてくれたし、大きくなってからは基本お嬢様専属だった私を、なにかと用事を作っては呼びつけて仕事の邪魔をしてくださった。


「ソフィア付きの侍女にしたのはノアを匿う為だったんだよ。うちに貴族の令嬢が引き取られたと知られたくなかったから。どこから情報が漏れるかわからないし」

「その事に関しては感謝しております」


 だが、貴方が私をアゴで使う理由にはならんぞ。旦那様から聞いたなら教えてくれたら良かったのに、わざと教えなかったに違いない。

 ツンツンしている私にレオン様がくつくつと笑う。


「ノア、そんなにバルフォア卿と仲がいいところを見せられると妬いてしまうよ。ほら、あーん」


 なだめるようにそう言って彼は私の口に、ミニケーキの上に乗っていた葡萄を一粒ほおりこんだ。

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