第14話 血の繋がりより大切なもの

 フェザード領に戻って来た私達を出迎えてくれたフォンゼルさんは、レオンからリブル領主による今回の感謝と交易優遇の書簡を受け取るとにんまりと笑った。

 

「リブル伯爵は?」

「文句が言えないくらい叩きのめして来た。でも、とどめはノアの言葉かな」

 

 え?私?

 

「血縁など意味をなさない事に気付いたようだ」


 ああ、フェザード侯爵との血の繋がりのことか。だって、私はこれまで幾度も親戚でもない人達に助けてもらってきた。ソフィアお嬢様やアルバート様だけでなく、もっと前の人生でも。

 クロエの時なんて……親が、ねえ?


「それはようございました」

  

 これまでと変わらぬ支援と交流を約束出来たことに、フォンゼルさんも満足したようだった。

 


 

「式の準備は?」

「順調に進んでおります。エレノア様の衣装の細かなサイズ合わせが残っておりますので、リリアーナに言い付けています」

「頼むよ」


 そうか、あと半月ほどで結婚式なのだ。

 これまでこちらの世界に来てからは、式などしたことがない。

 そう考えると少しドキドキする。

 

「姫のドレス姿、綺麗だろうね。楽しみだ」

 

 私はレオンの花婿姿の方が気になる。

 これまで一度も見た事がない。

 きっととんでもなくカッコいいはずだ。

 

 いつも私を助けに来てくれる黄金の獅子も、とっても頼もしくて大好きだけど。

 

 

 

 

   **********

  

   

   


 王女の断罪の会場に響き渡る獣の咆哮。

 そして、床に落ちた瓦礫から立ち上る煙に視界がくもる中、空に向けて開かれた屋根の隙間から金色の光が飛び込んでくる。

    

 ドンッ


 重い音と共に大理石の床に巨大な光が降り立った。

 その光の正体を見た者は息をのむ。

 

 

 金色の長いたてがみを持つ巨大な獅子。

 神話に出てくる誰もが知るその獣は、雷の神の従獣金獅子レオ。

 

「魔獣!」

 

 レオは槍をなぎ倒し私を取り囲む近衛騎士達を吹き飛ばすと、彼等と私との間に割って入る。

 黄金の毛並みがきらきらと輝き、その周囲に魔力のカケラがパチパチと花火のように弾けていた。

 

 人間達を跳ね飛ばした獅子は、私の正面に立ちその首を差し伸べた私の手に寄せる。

  

『久しぶりだ、姫。なかなか呼んでくれないから、どうしたのかと思っていた』

 

 獣のくぐもった声は、それでも管弦楽器の音色のように低く美しく響く。 

 

「レオ……」

 

 私の呼び掛けにレオは猫のように巨大な身体を寄り添わせ、守るように彼等から私を隠した。

 

「何をしている!その魔獣を殺せ!」

 

 王が震えながら叫ぶ。

 

『出来ると思うか?矮小な人間どもに』

 

 レオはギロリと兵士達を睨んだ。なんとか自分達を鼓舞してかかろうとしていた彼等は、そのひと睨みですくみ上がり動けなくなった。

 それを見やり、ふいと再び私に向き直る。

 

 

『姫、今回はどう呼べばいい?』

「クロエよ」

『ではクロエ、この場に私を呼んだのは、この者達を処分しろということでよいか?』

 

 ———処分。

 それは彼にかかれば一瞬だろう。

 私は王の顔を見上げた。

 蒼白になった父王は、床に膝をつき側近達に守られるように後退る。

 私を見る目には恐怖が宿っているのが見てとれた。

 

 そう、『処分』しても良いのだけれど、それでも……。

 

「ダメよ、こんな人達でも私の身内なの」

『相変わらず甘いな。君を殺そうとしたのではないのか?』

「そう仕向けたのは私」

 

 スリム王国の使者に近付き内通しているように見せかけた。

 リンドール大公に求婚させたのも、父に私を疑わせるため。

 

「レオ、貴方の元に戻る為に」

 

 

 全てはクロエである私の自作自演。

 

 スリム王国へ亡命を依頼して戦争を煽り、フェザード侯爵にレブロンへスリム王国の企みを告げるよう頼んだ。

 そして戦争にならないよう、スリム王国との手紙を落とす。

 それはわざと、ブルセナ王国が狙われていることを伝える為。

 

 フェザード侯爵はレブロンと通じてスリム王国の動きを掴んでいた。

 強国トルポント王国の脅威に対抗する為スリム王国と同盟を結ぶリンドール公国は、スリム王国が戦争に入れば協力せざるを得ない。

 だが、リンドール公国は二国が争うことを良しとはしなかった。

 それはレブロンがリカード王子の友人であり、留学したこともあるブルセナ王国が戦禍に落ちるのを惜しむのと、フェザード侯爵からあることを聞いたから。

 

 黄金の獅子が目覚めた。

 獅子は主の危険を排除するためには何でもする。

 たとえば一国を滅ぼすことも。

 戦争が起これば、王女を巻き込んだ国は魔獣によって滅ぼされるだろう。

 獅子の主——生贄の王女を早く獅子のもとへ。

 


「だから、いいのよ」

 

 ふさふさとしたたてがみを撫でてその首を抱くと、レオはふうっと溜め息をついてごろごろと喉を鳴らした。

 

 魔獣を従える王女。

 それを見ているこの場の人々はどう思ったのだろうか。

 

「これで私は王宮ここを去れる。あと少しだけ待っていて」

 

 わかった、とレオは首をもたげて、王に向けて重々しく威嚇の声をあげた。

 

『覚えておくのだ。我が主に危険が及ぶような事があれば、この国全てを焼き尽くしてくれよう』

 

 そして、現れた時と同じく破壊された天井へ飛び上がり、空へ向けて駆け去る。

 レオが去ったあとの広間は嵐の後のように静かだった。

 

 カラリ、と壊れた屋根から煉瓦の欠片が音をたてて落ちる。

 誰もが一言も発することなく、魔獣の去った空を見上げて立ち尽くしていた。

 

「お父様」

 

 床にひざまづいたままの国王に、私はゆっくり歩いて近付いた。王は私に気付くと、ヒイッと悲鳴をあげて床を這って逃げる。一国の王とは思えないその無様な姿に、私はようやく諦めがついた。

 

「こ、殺さないでくれ!お前は何が望みだ?叶えられるものなら何でも叶えてやる」

 

 私は怯えて震える父王に、軽蔑の眼差しを送る。その台詞は私が離宮で寂しい暮らしをしていた時に欲しかった言葉だ。こんな男のせいで母は苦しみ命を絶った。

 母を失った幼い子供をずっと忘れていた男だ。心のどこかで父の愛情を信じていた自分は、何と愚かだったのだろう。

 

「私をもう解放してください。私の望みはこの王宮から去り、自由になることです」

「そ、それだけで良いのか?」

「それ以上、私は貴方には望まない」

 

 

 そして、私は自由を手に入れた。

 

 離宮の王女クロエは追放され、フェザード領の神殿に送られることとなった。

 王女ではなく、魔女クロエとして。

 

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