第13話 尋問されません

 翌朝は、私を憐れむような小雨の降る空だった。

 幽閉されていた塔から兵士たちに引きずられるようにして、私は宮殿の一つの部屋につれて来られた。やけに細長く両脇に椅子が並ぶそこは、これから尋問が行われる聴聞室だ。尋問と言っても、私が弁明する機会はほぼ与えられることはない。一方的に処分が言い渡されるだけのことだ。

 

 案の定、中央に立たされた私を囲む人々は、ただ国王に対して私がいかに疑わしいかを言い連ね続けた。

 

「クロエ王女の離宮から飛び立った鳩の脚に、文書が付けられていました」

「宛先は?」

「スリム王国のジェランという者に宛てたものでした。ジェランは前王妃、メラネシア様の乳兄弟だった男です」

 

 これまで顔も知らなかったリンケ伯爵と名乗る男が、近衛騎士の隊長から受けとったという手紙を国王に恭しく献上する。

 

「国交の途絶えた国の相手と連絡を取り合っていたというのか。この手紙の内容は?」

 

 手紙を一瞥して、王は私にではなく伯爵に尋ねた。

 

「リンドール公国への輿入れの日取りが決まった事と、スリム王国を訪れる日取りを決めてくれという内容です」

「他には?」

「王女を公国へ送る為に、フェザード侯爵と国境騎士団が王都に集まる日時が記されていました」

 

 揚々と喋る彼に頷いて、王は私に向けて冷たい視線を送った。

 

「国境は長らく平和を保っていましたが、このところ気になる動きがあると報告がありました。フェザード侯爵」

  

 フェザード侯爵が頭を下げたまま王に奏上する。

 

「国境の森で彼の国の兵士を見つけました。偵察兵のようでしたので捕らえて尋問いたしましたところ、スリム王国は我が国に攻め込む準備をしていると思われます」

 

 侯爵が私を見ることはなかった。

 

「フェザード領が手薄になる時期を伝えたのだな。攻め込む機会をはかるのに手を貸したということか」

 

 あらかじめ準備されていたようなやりとりで、これは尋問ですらない。反論の機会すら与えられない私は、部屋の中央でただひたすらこのやりとりを聞くだけだ。

 他にもいくつかの私に関する反逆の証拠なる身に覚えのない証言が述べられ、王は最後にあくまでも冷静に処分を決定した。

 

「やむをえん。処刑せよ」

 

 その宣言にその場にいた人間達が静かに頭を下げる中、ただ一人、王のそばにいた人物が声をあげた。

 

「そんな!陛下、お待ちください。クロエは知らずに伝えてしまっただけで、スリム王国に利用されただけではありませんか!」

「知らずに、ではすまされないのだ。リカード」

「しかし、陛下!」

 

 関係の改善した妹をなんとか救おうと、王子が叫ぶ。

 思いのほか、この兄は私を大切に思ってくれていたことに驚いた。

 

「この者の身にはスリム王国の血が流れているのだ。いまだに我が国を祖国と思っていないのであろう。裏切り者の母親の血だ」

「陛下!前王妃は……」

「王族であるからと生かしておいては、またこの国の災いとなりかねん」

 

 リカード王子の強い非難もなんら王には響かないようだ。

 

「処刑場へ連れてゆき斬り捨てるのだ」

 

 当たり前だというようにそう宣言する国王に、私はお腹の底から笑いが込み上げるのを感じた。

 やっぱり、王は父とは呼べない人だった。

 発言を一度も許されていなかった私は、その時初めて王に向けて叫んだ。

 

「陛下、お母様と同じように、私も殺すのですね」

「なんだと?」

「お母様の心を殺したのは陛下です。お母様を疑って苦しめたから。私が陛下に似ていないのは王家の血を引いていないのではなくて、別の理由があったのに……」

 

 王が訝しげな表情を見せる。彼にはわかるまい。私がクロエである前、神獣を契約を交わしたがゆえにこの姿、この色を持っていることを。

 金の瞳は神獣との契約の証。父にも母にもない色だ。

 それでも彼は自分の妻を信じるべきだった。

 


「レオ、来て!今すぐ!」

 

 私の声が広間に響く。誰を呼んでいるのか、王もリカード王子も驚いた顔をする。

 ニヤニヤして見ている人もいるから、きっと王女は気が触れたとでも思っているのかもしれない。

 

 私を連れてきた兵士たちが、乱心したように見える私を取り押さえようと迫ってくる。

 

 そんな彼等を嘲笑って、私は天井に向けて右手を挙げた。そして、記憶と共に復活した魔力を空に向けて放つ。

 

「!」

 

 バリバリと轟音を立てて、目を開けていられないほどの光が天井に向かって走った。天井から砕けた瓦礫がバラバラと落ちてきて、広間に集まった人達は驚き這いずり回って逃げようとする。

 

「うわあっ!」

「なんだ!」

 

 光が消えた時には屋根が丸く吹き飛び、青い空が見えていた。

 何が起こったのか。

 理解できない表情で呆然と皆が私を見つめている。

 

 空いた屋根の穴から、獣の咆哮が響いた。


 

 

    *********

    

    

    

 お迎えが来た私はリブル伯爵のお城から出て、少し早いけれどフェザード領へ帰ることになった。伯爵は結構素直に送り出してくれ、毎年塩を送ってくれるという約束をしてくれた。

 夏に海に来ても良いかと尋ねたところ、喜んで、と言った時にはなんだか優しい笑顔になっていた。


「ねえ、レオン、一人でどうやって来たの?」

 

 ギリアドさんが一旦みんなが待っている診療所へ送ってくれる事になり、私はふと疑問に思って馬車の中でレオンに聞いた。レオンなら獣に戻ればフェザード領からでも一瞬で来れるだろうけど、どうしたのだろうか。

 

「ちゃんと馬で来たよ」

「乗って来た馬は見ないけどどこ?」

「伯爵家の兵士達を蹴散らした時に怪我を負ったので、伯爵の城で休ませている」

「ああ、それでいないのね」

 

 ちゃんと不思議に思われないように注意はしているんだわ。

 

「姫、そこまで私は人間の常識がないわけではないんだよ?」

 

 結構長く人間の生活をしているからね、と惚れ惚れするほどかっこいい顔で微笑む。いつでも獣の格好で飛び込んでくるわけではないんだ、と私はちょっと新鮮な気持ちになった。

 でもどうやらレオンは、内乱の疑いを持たれないようにと一人で来たようだ。単身乗り込んできて、お城の兵士はどうしたんだろうか?確かレオンは排除したとかなんとか不穏な事を言っていたけど。

 

「伯爵家の兵士ってどうなったの?」

「ん?全員ちゃんと剣を使ってしてきたよ。魔力は使っていないから心配しなくていい」

「全員って何人?」

「さあ、数えていないが……ざっと百人くらい?」

「!」

 

 百人ですと?

 それは伯爵が化け物って言った訳がわかったわ。一対百で無傷って有り得ないでしょ。

 

「それは十分常識知らずだと思うわよ」

「え?」

「まあいいわ、来てくれてありがとう」

 

 百人ぶっ飛ばして私のために来てくれたのだもの。文句は言うまい。

 お礼を込めて私が彼の滑らかな頬にキスすると、レオンは少しだけ止まって、そしてもう一度と言ってその綺麗な指で唇を指差した。

 

 えい、もう、仕方ないなあ。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る