第12話 迎えが来ました
それから三日間、私はギリアドさんをお使いにして消毒剤を作ったり、薬の調合を指示したりして過ごした。リブル伯爵はあんなこと言って置いて、全くやってこなかった。まあ、来られても邪魔でしかないけど。
四日目の朝、ギリアドさんが運んで来てくれた朝食をテーブルに座って食べていると、バタンと扉が開いてリリアーナさんが駆け込んで来た。
「ノア様!ご無事ですか?」
ギュッと私を抱きしめる。
ゆで玉子を食べていた私は玉子が喉に詰まりそうになって、慌てて水に手を伸ばした。
「ゲホン、ゴホン……だ、大丈夫だから、ちょっと待って」
水、水、とコップの水を飲み干してやっと一息つく。
「ああ、ノア様、こんなにやつれて……はいないですね」
「当たり前です。三食きっちりいただいてますから。運動できなくてかえって太りそうなの」
「それはようございました。ノア様はもう少しふくよかになられた方がいいくらい細いので」
で、どうしてここにリリアーナさんが?
疑問に思っていると、開いた扉から懐かしい低い声が聞こえた。
「姫、迎えに来たよ」
笑いをこらえるようにして立っていたのは、レオンだった。
どうして彼がここにいるんだろう。私達がフェザード領に帰るのは、まだ三日も先の予定だったはずなのに。
「そろそろ伯爵が君を脅迫している頃だから迎えに行ってこいって、フォンゼルが言うからね」
「フォンゼルさんが?」
なんと、あの人、わかってて私に行かせたのか!
「恩を仇で返すってこの事だね、コンラート」
レオンの後ろにはアルドリックさんとカーティスさんに両脇を拘束されたリブル伯爵が立っていた。
「え?レオン、もしかしてフェザードの軍隊で攻め込んだの?」
兵を動かしたら内乱になるって伯爵は言っていたけど大丈夫なの?
私の心配を悟ったのか、レオンは首を横に振って笑った。
「そんな必要ない。私は陛下も認めた婚約者を迎えに来ただけだから。ねえ、伯爵?」
「この化け物が」
リブル伯爵の顔面は蒼白だ。
これはレオンが何かやったな。
「邪魔した者をちょっと排除しただけだよ。一人でやってきた私に、ゾロゾロとまあたくさん並んで出迎えてくれたけど。これでは他国に攻められたら一瞬だ」
少しは兵士を鍛えたらどうだい?とレオンは冷たく言う。そりゃあ、レオンは神獣だもの。ただの人間では太刀打ちできないわ。
「さあ、帰ろう、姫。診療所はあらかた落ち着いたと神官達が言っていた。あとは自分達でどうにかするだろう」
「ちょっと待って、レオン、伯爵とはよく話をしたの?」
「何の話だ?」
私はチラリと伯爵の方を見た。
彼はプイとそっぽを向く。
ああ、こりゃ話してないな。話す前にやられたのか。
「リブル伯爵はフェザード侯爵に親族から妻をって言っていたんでしょう?」
「馬鹿げた話だ」
レオンは憮然とした表情で伯爵を横目で睨む。
「妻は私も嫌だけど、どう?養子を取るというのではダメかしら」
「養子?」
これには伯爵もびっくりしたようだった。背けていた顔を私に戻して凝視する。
「要は次の領主が一族の領を気にかけてくれればいいのでしょう?血筋が大事っていうのは馬鹿らしいと私も思うけど、それでみんなが安心できるのなら構わないかなと思うんだけど」
「姫、どうしてそこまでしてやらねばならない?」
「え、だってここのお塩美味しいし」
塩?
みんながびっくりした顔で私を見るけど、こういうのって大事じゃない?ゆで玉子にこのお塩最高よ。味がマイルドでなんか違うのよね。
「べつに血の繋がりがなくっても、こういう物の繋がりでも十分助け合いって出来るんだけど、一部の人は安心出来ないのね。フェザードは国境を守っているでしょう?そこの領主と血が繋がっているって事を誇りに思っているからそんなこと言うんだろうし」
「人が良すぎないか?」
「うーん、まあ一応何百年と聖女の存在を受け入れてくれた人達でしょ?」
「その分の借りは返している」
「だけど、ほら、子供できるかわからないし」
これまでの経験上、無理っぽいしね。
それを聞いたレオンは目を見開いて黙ってしまった。
「すまなかった」
それまで黙っていたリブル伯爵が口を開いた。
「聖女の話を聞くと、我々が随分と汚れている事に気付かされる」
「汚れてはないけど、領民の為というのは嘘だわ。血が繋がっていなくても心で交流は出来るもの」
そもそも領民の為に領主がいる。フェザード領が魔獣や隣国から守られているのは、神獣レオの守護があるから。フェザードの民はそのことをよく知っている。領主の血筋など、領民には何の意味もない。
だからこそ、先のフェザード侯爵はレオンを後継に据えたのだ。守護の要となる聖女を見つけ出し守る存在として最も相応しいと判断して。
彼等が主張していることは、領民ではなく自分達の為なのだ。それもちっぽけな威厳の為。
「私が間違っていた」
リブル伯爵は非礼を許してくれと言って、深く頭を下げた。
*********
石造りの壁はしっとりと湿気を含んで冷たい。天井近くに切られたあかりとりの窓から、更に冷たい風が入り込んで来て、薄い毛布だけではカタカタと震えてしまう。
西の塔に幽閉された私は、スリム王国に自国の情報を流した疑いをかけられている。
疑い、ではなくそれは事実だ。
フェザード侯爵の報告によって、スリム王国が戦争の準備をしていることも既に王には伝わっている。私が戦争から逃れる為に受け入れたとされる、リンドール公国の大公との縁談も断ち消えになる。私に残される道は多くはない。
処刑か、生涯幽閉か。
侍女達は何も知らなかった事にしているが、大丈夫だろうか。それだけが気がかりだ。
明日の朝、私は父王の前で尋問を受ける。
私は父に、この国に捨てられるのだ。
やっと、ここまで来たのよ。
「あと少し、頑張るわ。だから……必ず来て」
私は冷たいベッドの上で、オルゴールの曲を口ずさんだ。
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