第11話 幽閉されています
リカード王子が帰ってから数日後、私の元に陛下からの伝言と結婚準備金が届けられた。どうやらリンドール公国への輿入れが正式に決定したようだ。
「思ったより額が多いわね」
伝えられた支度金の額は予想より多く、近頃リカード王子がドレスや調度品など何かと差し入れしてくれていたせいもあって、引け目を感じることのない程度の準備ができそうだった。
婚姻の日取りはちょうど二ヶ月後。一ヶ月後には公国へ入り、式の準備をすることになる。
「ジェランにこの手紙を送れる?」
私がベルに頼むと、ベルは首を傾げた。
「ジェランにどのような用件ですか?」
「婚姻の日取りが決まった事を伝えておこうと思って。スリム王国に行く時にはお世話になるのだから」
ジェランはこの国に何人かスリム王国の
「式の後、しばらくは公国に住むことになるのでしょう?どのくらいでスリム王国に?」
「すぐには行かないわ。一年か、それ以上。離婚するにもあまり早いのは変でしょう?」
「レブロン大公も奇特な方ですわね。いくらスリム王国に頼まれたとはいえ、進んで偽装結婚に手を貸すなんて。いくら男性でも離婚歴が残るのは外聞が悪いでしょうに」
私は祝賀会で彼と踊った時のことを思い出し、そうね、と答えた。
あの時『利用していい』と彼は言ってくれた。フェザード侯爵から事情は聞いていただろうが、それでもこれは純粋に彼の好意なのだろう。別に相手は彼自身でなくても良かったのだから。
「いい人だわ、本当に」
彼に迷惑はかけたくない。
でも……
王国の近衛騎士団がこの離宮に乗り込んできたのは、それから数日後のことだった。
廊下の方からミーナの悲鳴が聞こえたかと思うと、バタバタと複数の荒い足音がして男達が入って来た。
「クロエ王女、貴女の身柄を拘束いたします」
ベルが私の前に立ちふさがり、騎士達から隠そうとするのを強引に引き剥がす。ベルの叫びが部屋に響く。
「クロエ様をどこへ!」
「陛下は西の塔に幽閉せよとの仰せです」
私の両腕を左右から歯がいじめにして、男達は私がよろけるのも構わず引きずってゆく。
「どうして!クロエ様が何をしたというのです?」
すがりつくベルに冷ややかな視線を落とし、近衛騎士は機械的な声色で伝えた。
「クロエ王女にスリム王国の密偵との内通疑惑があがっています。王女がブルセナ王国の内情を書いた手紙が見つかりました」
*********
リブル伯爵の命令で私は伯爵の城の地下に閉じ込められていた。
地下といっても窓があるので暗くはない。でもその窓は壁のずっと上の方にあって、とても手が届くようなものではなかった。
それでも部屋の中は絨毯も敷いてあるし、ベッドも机もあってそこそこの部屋だ。扉も普通の部屋のような木の扉なので、もしかしたらもともとは誰か使用人が住んでいたのかも。
思えばクロエ王女の時も幽閉されてたけど、ここはそれより待遇がいい。食事も普通に出るし、困ることといえば外に出られないということくらいだ。
私はギリアドさんに言って、診療所から私の荷物と電気分解の道具一式を持って来てもらった。消毒液は作り続けないと、みんなが困るもの。
「聖女様、申し訳ありません。コンラート様があのような事を考えていたとは知りませんで」
「まあ、仕方ないわ。あの窓、全開にして来てください。これが出来たら診療所に届けてくださいね」
水と塩の配分を計りながら私が指示をすると、ギリアドさんは走って行って窓を開けるとまた帰って来た。
「カーティスさんとアルドリックさんもこんな感じでいるの?」
「いえ、あちらの方々は騎士ですので、牢の方に入ってらっしゃると聞いています」
「ひどいわね。こういう部屋にしてくれたら良かったのに」
「暴れますし、こんな扉では無理かと」
ふーん、か弱い女の私は何も出来ないと思ってこの待遇なわけか。
「聖女様はフェザード侯爵様とご結婚なさるのですか?」
「しないわけにはいかなくて」
だってレオンは、私が神殿で住むことを嫌がるんだもの。正妻が別にいるっていうのも、私が嫌だ。
リブル伯爵は私とレオンの子がフェザード領主になる事をよしとしていないのだが、そもそも神獣と人間の間で子供出来たっけ?
……多分無理だな。
これまでも出来たことなかったし。
どのみち養子を探さないと、フェザード領主の跡取りがいなくなるのだ。それが早いか遅いかの違いだけ。
レオンが迎えに来たら、その辺のところを伯爵と話して貰えば良いだろう。
のんきにそう考えているとギリアドさんの方が首を傾げていた。
「あのう……聖女様は怒っていらっしゃらないのですか?」
「怒る?何を?」
「いえ、コンラート様に別れろと言われたり拘束されたり。好意で領民の治療に来てくださったのに」
「うん、だから治療は手伝うわ。でも、みんなの仕事が終わったら、私も帰るわよ」
「え?」
「言ったでしょう?私は聖女って呼ばれているけど、実は魔術師なんです。この魔力をみんなの役立つように使っているだけで、反対に壊す事も出来るんですよ。その扉も簡単にね」
出入り口の扉を指差すと、ギリアドさんは黙ってしまった。
「そんな……なぜ力ずくで脱出しようとしないのですか?」
「子供じゃあるまいし、何でも暴力で解決しようとしていたら喧嘩になるじゃないですか。助けに来たのにお城壊して帰るわけにいかないし。人は何でも助け合いでしょう?ここのお塩、フェザードのみんなが使っているのに買えなくなったら困るじゃないですか」
「…………」
「それに、まだみんな診療所で治療しているし。まだ具合悪い人もいて看護の人員も足りてないわ。早く人を集めてくださいね」
伯爵の思惑など、私はどうでもいいのだ。
ちょっと考えればどっちが大事かわかるはず。
伯爵も、すでにフェザード侯爵となったレオンと険悪な関係になるのは、自領の人達にとって良くないと気付けばいいのだ。血筋なんて馬鹿馬鹿しい。血の繋がりのない親子だって、世の中には星の数ほどいるのだから。
ギリアドさんはそれを聞くと、なんともいえない苦い顔をした。
「だから貴女は聖女様なのですね」
「ん?」
「お若いのに力の使い方をご存じだ。コンラート様よりずっと」
ごめん、私は十代の小娘に見えるかもしれないけど、実は伯爵よりずっとずっと年上なのだよ。身分制度も家長制度も無くなった国から来たしね。
ギリアドさんはもう何も言わずに、消毒剤を詰める瓶を取りに出ていった。
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