第10話 妨害
リブル伯爵に呼ばれた私は、翌朝患者さん達の様子を見てからギリアドさんの案内でお城に向かった。
領内に入った時には街の様子なんてあんまり見られなかったのだけれど、今回は馬車の中からゆっくり見ることができた。道沿いの店が結構な割合で閉まっている。露店も少ない。全体に活気がないのはやはり流行り病のせいだろう。それでも道は綺麗で二階の窓には花が植えられているところが多い。海辺の街らしく扉の上に貝殻を飾っている家もあった。この騒動が収まったら、きっと活気のある街に戻るんだろうな。
馬車から降りるとほのかに潮の香りがした。今はまだ寒いけど、夏には海で泳ぎたいな。レオンに言ってまた来ようかしら。
振り返るとそれほど高くはないが、優美なシルエットを描く城が建っていた。丘の上に建つ姿は奏の見覚えのあるシンデレラ城にも似ている。
「聖女様、リブル伯爵の城って小さくないですか?」
カーティスさんが私の耳元でこっそり囁く。
「内地の領だとこんなものじゃない?」
私も小声で返した。
フェザードは隣国との国境を守る辺境領だから、国防の理由で城は大きいのだ。いざとなれば領民が逃げ込んで籠城出来るようになっている。ここリブルのお城はそこまでは想定していないのだろう。街を見下ろすような丘の上にあるから、そこまで高さもいらないのかもしれない。
「こちらです」
ギリアドさんの案内で私達は城内に入った。長い廊下を歩き階段をいくつか上がって、ようやく重そうな茶色の扉の前までたどり着く。
「コンラート様、聖女様方が到着されました」
「入れ」
中から声がして、私たちは扉を開いて部屋の中へと入った。
ここは執務室ね。正面に大きな書斎机があって、その手前に来客用のソファーとテーブル、サイドの壁にはたくさんの本が並ぶ。
リブル伯爵は机で書類を見ていたようだった。
「聖女か。座れ」
「……はい」
カーティスさんとアルドリックさんが、扉の手前で立ってくれている。私はついてきてくれた二人に感謝しながらソファーに腰掛けた。このおじさん何だか怖いんだもの。
伯爵は私の向かいのソファーに座り、どっかりと脚を組んだ。お行儀悪いなあ。
「お前はフェザード侯爵が何者か知っているか?」
何者かと言われると神獣だけど、バカ正直に答えるわけにもいかなくて私は黙っていた。
「先のフェザード侯爵はゾフ子爵家から養子をとったと言ったが、あの家に男子はおらぬ。正体不明の男だ。そんな者が侯爵家を継いだ。王家より長い歴史を持つフェザードの当主になったのだ」
なるほど、わかったぞ。レオンがフェザード侯爵を継いだ事に文句を言ってた親族ってこの人だったんだ。もう、フォンゼルさん言っておいてよ!
「レオン様が当主になるのは、先の侯爵様が決められたことでは?彼は王にも認められています。フェザード侯爵家当主は国境騎士団の総帥。血筋だけでなく実力がないと認められないと聞いておりますが」
騎士団の中で実力を認められたからこそ、レオンは侯爵家に迎え入れられたのだ。侯爵がレオンの正体を知っていたのかは知らないけれど、だからこそ今彼はフェザード領で皆に尊敬され受け入れられている。
そう言い返す私を、伯爵は気に入らなそうに鼻で笑った。
「優秀な養子を取るのは仕方がないことだ。侯爵夫妻には子供がいなかったからな。その養子が一族以外の者だったというのも、才が劣っていたと言われれば仕方ない。だが、それは条件あってのものだ」
「何がおっしゃりたいのです?」
「ひと月後に式を挙げるそうだな」
伯爵は私を威圧するようにゆっくりと脚を組みかえた。
「そなたがレオン卿と結ばれ子が出来ると、フェザードの血が一滴も入らぬ当主が続いてゆくことになりかねん」
「血筋がそんなに重要ですか?」
「我々にはな。フェザードの名は大きい。その血縁であるという事実はこの国の中ではそれなりに役に立つ。我々一族から妻を娶るようにと言っているのだが、彼は断り続けている。そなたをフェザードに帰すわけにはいかない」
扉の前にいる二人の身体がこわばっている。今にも伯爵に掴みかかりそうな雰囲気だ。私は視線で二人を止めた。そして、伯爵を見据えて言う。
「伯爵様はレオン様に治療師団を派遣するよう頼んだのではないのですか。彼は一族の者として協力しているのに、貴方はそれを認めないのですか?」
「彼がそうだとしても、次の代の当主がそうであるとは限らない」
騎士達の背後の扉が開く。そこにはリブル領の兵士達が武器を持って並んでいた。
ギリアドさんは何も知らなかったようで、部屋の隅に移動して震えている。
「そなたがリブルに来たのは都合がよかった。聖女として大人しく神殿で生涯を全うするならば帰してやろう」
そう言われても、私の一存ではどうにもならない。レオンはすでにフェザード侯爵の地位についてしまっているし、人間の妻を娶る気もさらさらないだろう。そもそも侯爵になりたくてなったわけでもないし、そんな事を言ったら放り出しそうよね。
「後悔はしませんか?」
「お前を取り戻す為に侯爵が兵を動かせば、内乱を起こしたとして王に処罰される。そこまで私は馬鹿ではないつもりだ」
兵士達がカーティスさん達を抑えて部屋を出て行く。
私の両側にもやってきて、腕を取られた。
面倒ね。感電させてやって逃げるという手もあるけれど、二人の騎士達を置いてはいけない。それに診療所にはまだみんなが働いている。
「しばらくこの城に滞在すると良い。考えが変われば言うのだな」
伯爵はそう言って、私達を連れて行くように命令した。
***********
「リンドール大公がクロエ様に正式に求婚してきたそうですわ」
ベルが私に教えてくれた。もちろん私に連絡があったわけではない。ベルが王宮の侍女の誰かから噂を仕入れてきてくれたのだ。
王女の縁談に本人の意思など関係ない。
「そう。それで、陛下はどうお返事したのかしら?」
「それが、回答は待って欲しいと伝えたようなのです」
「待つ?」
変だわ。あの父王ならすぐに私を売りそうなのに。
「それが、王妃様が反対されているとかで」
「リナリア王妃が?」
ますますわからない。
彼女は私がこの国からいなくなることを願っているはず。反対する理由が思いつかない。
「クロエ様、リカード殿下が訪ねて来られました」
ミーナが私に告げにきて、私はもしやと思った。
「殿下をお通ししてくれる?」
部屋を訪れた兄王子は少し落ち込んでいるように見えた。
「クロエ、陛下からまだ聞いていないだろうが、レブロンがお前に結婚を申し込んできた」
「まあ、そうですの?」
私はさも初耳です、と言う反応で返す。
リカード王子はソファーから立ち上がり、私に近づくと手を取った。
「お前はレブロンをどう思う?リンドール公国に、異国に嫁ぐのでも良いのか?」
「私に決定権はありませんわ。陛下の言うように従うだけです。それが国のためになるのであれば。母もそうでした」
「お前もメラネシア王妃のようになったらどうする?そりゃあ、レブロンは僕から見ても悪くはない、良い男だとは思うが」
「もう決まっているのではないのですか?今更私が嫌だと言っても仕方のないことでしょう」
「いや、陛下には待ってもらっている。母に頼んで時間をくれるよう伝えた」
やっぱりそうか。
なんだかこのところ私をかまってくると思ったら、そんなことまでしてくれるとは。
「殿下、いいのです。私を心配してくれて嬉しいですが、私もこれで少しはこの国の役に立てるのですから。陛下に承知しましたとお伝えください」
「そ……そうか」
リカード王子はがっくりした様子で、また来る、と言って帰って行った。
「気づかれたわけではなかったのですね」
ベルがおそるおそる顔を出す。
「大丈夫よ」
私は安心させるように笑う。全くもう、リカード王子には困ってしまう。
「憎めなくなってしまうじゃない」
私は少しだけ兄を可愛いと思ってしまった。
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