第8話 やっぱり帰れないらしい

「もう、お嬢様は私を助けに来てくれたんじゃないのですか? ただ顔を見に来ただけですか?」


 頬を膨らませて抗議すると、お嬢様はパタパタと手を振った。


「そうそう、お兄様がね、レオン様に話があるからって言うから一緒に来たのよ」

「アルバート様が?」


 アルバート様はランファール伯爵の後継だ。お嬢様の四つ年上の二十一歳でバルフォア子爵を継いでいらっしゃる。

 お嬢様の兄君だけあって大変美形の青年で、私は何度か彼をモデルに小説を書いている。もっぱらBLの受けを担当してもらった。

 彼は銀髪に深いブルーの瞳が印象的で、少し中性的な綺麗さなのだ。微笑むと可愛さでキュンとくるのに、中身は結構腹黒かったりする。子供の頃はよくいじめられたものだ。

 意地悪の腹いせに物語の中でしっかり働いてもらっている。それはもう言葉に出来ないシーンでたっぷりと泣いてもらった。

 本人には内緒だけど。


「今、二人でお話しているわ」


 お嬢様がそう言った途端に、アニエスさんの声がした。


「ノア様、旦那様とバルフォア子爵様がいらっしゃいました。ご案内してよろしいでしょうか」

「……はい」


 起きた状態でレオン様と会うのは、ここへ来たあの翌日以来だ。

 ちょっと緊張して私は返事をした。


「ノア、元気だったかい?」


 能天気な笑顔を浮かべてアルバート様が入って来た。この爽やかな笑顔の裏に強かな黒さがある事を私は知っている。

 そのすぐ後ろからレオン様もゆったりと歩いて来る。

 ああ、やっぱり男前だわ。

 可愛い銀髪イケメンと精悍な金髪イケメンが並ぶと、これは絵になる。

 中身はさておき。


 私とお嬢様は立ち上がって挨拶をした。


「ソフィア嬢、生誕祭以来ですね」


 レオン様はシックなモーニングコートを着て、生誕祭の時と同じくキラキラしいオーラを纏っている。

 生身の男性に免疫のない私にはちょっとまぶしすぎるわ。サングラスでもあれば少しはマシかしら。でもお嬢様の言う通り小説のモデルとしては最高ね。


 美貌の子爵と侯爵の禁断の関係……なかなかいいかもしんない。互いに惹かれ合うも、どちらも高位貴族の当主となる身。形だけでも妻を娶らねばならない。

 仕方なく侯爵は子爵の妹と愛のない婚姻を結ぶも、やはり兄の子爵のことが忘れられず、なんて……。


 ああ、いけないいけない、危うくトリップするところだった。


 我に返って顔を上げるとレオン様と目が合った。何故か笑いを堪えるような表情で私を見ている。

 何だろう、頭の中を読まれてる気がして焦るな。


「バルフォア卿は君をフェザード侯爵家に預けるのを了承してくれたよ」


 え?

 私がぽかんとしていると、お嬢様が残念そうに言う。


「せっかくお迎えに来たのに」

「話してはみたんだけどね。理由があるのでは仕方ない」

「ではそのうち戻してくれるのですわね?」

「事が解決すれば」


 アルバート様がそういうと、レオン様は肩をすくめて否定した。


「ノアがうんと言ったら正式にフェザードに連れて行く」

「うちとしては手放したくはないんだけど」

「申し訳ないが彼女は私のものだ」


 ソフィアお嬢様が小さくまあ、と言って私を肘で突っついた。


「ノアを確実に守ってくれるんだろうね?」

「当たり前だ」


 アルバート様の台詞が娘を嫁に出す親みたいだ。


(ちょっとこのシチュエーション、マジ見できると思わなかったわ)


 隣からお嬢様がひそひそ声で耳打ちして来た。私の言葉使いがうつってるところを見ると、かなりツボったらしい。


「愛されてるわねえ」


 お嬢様がニンマリしながら私に言う。


「なんででしょうねえ……」


 私は首をすくめながら小さくつぶやいた。

 私がルゲルタの聖女と呼ばれる存在だからかねぇ……。


 どうやらフェザード領外には明かされない聖女は、神聖かつ何者にも代え難い存在らしいから。まだ何にもやってないけど。


 獅子の魔獣に会って食われる心配はないんだろうか。一般には魔獣は人を襲いこそすれ、人に従うような存在ではない。


(帰りたいよう)


 ああ、生誕祭になんて行くんじゃなかった。

 後悔先にたたずだ。

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