第7話 ご自分の婚約者では?

 客人と聞いて思い当たるのはただ一人だ。

 案の定、客間へ案内されて扉を開くと、そこには数日間ぶりの顔が満面の笑みをたたえて待っていた。


「あんなふうにさらって行かれたから会わせてくれるか心配したけど、ちゃんともてなしてもらっているみたいね。安心したわ」


 私を連れて来たリリアーナさんにそう言って、ソフィアお嬢様は私に近付き手をとった。


「お嬢様ぁ……、迎えに来て下さったんですね」


 うるうるしている私を引っ張ってソファーに連れて行き、私を座らせるとお嬢様はその隣に座った。


「ノア、貴女、本当にレオン様と面識なかったの?」


 お菓子とお茶を出してくれたアニエスさんが、ごゆっくりと言って出て行ったあと、ソフィアお嬢様が瞳をらんらんと輝かせて私に尋ねてきた。興味津々、と顔に書いてある。

 幼い頃から一緒に育ってきた仲なので、周りに誰もいない時はお嬢様と私は姉妹のように気安い。


「そうですよ、あの時初めてお会いしたんです」

「本当に? 彼の方は貴女のこと知っているみたいだったわよ」

「私に覚えはないです」

「街で見かけて一目惚れしたとか?」

「そこまで自惚うぬぼれられる容姿でないことは重々自覚しています」

「卑屈ねえ。十分可愛いわよ?」

「お嬢様に言われても」


 ソフィアお嬢様は本当にお人形さんのように綺麗だから、それこそ大勢の男性の憧れの的となっているだろう。

 お嬢様はもう、と言って唇を尖らせた。


「貴女がレオン様に連れ去られた後、凄かったんだから。フェザード侯爵が謎の女性を連れ去ったって。浮いた噂のない方だから、一体どんな令嬢が彼の心を奪ったのかってみんなが噂しているわよ」


 予想はしていたけれどやっぱりあれは派手すぎた。

 ルゲルタの聖女については領外には秘密なのだそうで、二人の侍女さん達にも口止めされている。きっとフェザード侯爵に直接尋く勇気のある人は少ないだろうし、聞いても答えないだろう。


「で、ランファール家の侍女だって知った人達が、お嬢様に根掘り葉掘り聞いてきたんでしょう?」

「んふふ、大丈夫よ。貴女は私の姉って事になってるから」


 はあ?


「なんでです!」

「さあ? お兄様が妾腹の妹を連れて来ていたと言ったんですの。ほら、一応レオン様はランファール伯爵の令嬢と婚約するって事になってたからじゃない?」


 お嬢様はさらっと言う。


「レオン様はお嬢様の婚約者でしょう!」

「わたくし、結婚にはあんまり興味がないのよねー」


 お嬢様は腕組みしてうーんと唸った。


 勿体無いことに、お嬢様は小説の中の主人公にはまっていて、求婚してくる数多あまたの男性に全く関心を持っていない。おまけに幼い頃から商才に秀でていた為、事業をあちこち展開していたりするので、そっちに忙しいのだ。


 あんまり結婚に無関心なので父親であるランファール伯爵が、心配した夫人に頼まれてフェザード侯爵に打診したと聞いている。


「仕事にばかりかまけていると、婚期を逃しますよ」


 私のように、とは言わなかったが、実感を込めて警告する。するとお嬢様は貴女もでしょ、と言って頬を膨らませた。

 しかし、お嬢様が男性に興味がないのは私のせいと言えるかもしれない。

 お嬢様BL大好きだからなあ。

 こんなに綺麗なのに。


「まだ正式な申し込みは受けてないのよ? レオン様はノアが気に入ってるみたいだし、貴女がいいなら喜んであげるわよ」

「あげるって、ものじゃないんですから……」

「ノアの方が一つ上だし、行き遅れるよりいいじゃない? 玉の輿よ?」

「お嬢様……、身分が違いすぎます。私にはとてもおそれおおくて、今とっても居心地悪いです」

「すぐ慣れるわよ。彼、女性関係の噂もないし、ノアの好みのイケメンよ」

「いや、イケメンは本の中だけでいいです。私の理想の相手は普通の人です」


 前世からずっと男の人に免疫がないのだ。いきなり美形の青年に迫られてもどうして良いやらわからない。


「でもレオン様にノアを取られちゃうと困るわね。小説の続きが読めなくなっちゃう」


 お嬢様が、ねえ?と私に同意を求めた。


「だったらどうにかして私を連れて帰ってくださいよ」


 私がにがーい顔をするのを見て、お嬢様がくすりと笑った。


「この状況も楽しくない? 美形の侯爵に攫われて溺愛されてるって、まるで物語のようよ」

「他人事だと思って!」

「小説のネタだと思ったらわくわくするでしょ」

「自分が主人公なんてお断りです」


 私は地味に無難な生活が送れたら十分なのだ。


「せっかく楽しい小説が書けそうなのに」


 お嬢様はそんな私に呆れたような溜息をついた。

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