第6話 獅子と聖女

 それから数日間、レオン様は公務で忙しいらしく私に会いに来る事はなかった。

 なんとなく拍子抜け。その間、私は侯爵邸でのんびりしていた。

 逃げようにも常に二人の侍女さん達が話し相手に付いているので、どうにも動きがとれない。仕方がないのでアニエスさん達にレオン様とフェザード領について聞きながら、聖女とはなんたるかを教えてもらっていた。



「ルゲルタの聖女が覚醒すると、獅子がフェザードの領主の前に姿をあらわすそうです。領主は契約通り聖女を探して獅子の棲む森の神殿へ送ります。その神殿で一晩を過ごす事になるのですが、その夜に獅子と聖女の主従の契りが結ばれると言われています」

「具体的にはどうするの?」

「そこまではわからないのですが、その儀式によって獅子は聖女と彼女の住む領地を守護するようになるのです」

「その儀式が済んだらどうなるの?」

「そのまま神殿で暮らされる聖女様が多いようですわ」


 え? 一生独身?


「あの……、聖女は結婚できないんですか?」


 夢見る女の子としてはこの歳で将来決まっちゃうのはちょっと悲しい。


 リリアーナさんが青くなった私を見てくすくすと笑った。


「出来ないことはないのですが、ノア様はレオン様が離しませんわ。知っています? ノア様がお休みになられた後、毎夜寝顔を見に来られていますのよ」

「えっ?」

「最初の日にあんまり嬉しすぎて一緒に寝たら、起きてノア様に怯えられたのがショックだったらしくて、こっそり見る事にしたらしいんです。ふふふ、子供みたいで可愛らしいと思いません?」


 子供みたいって、裸だったんですけど?

 いきなり裸の男が隣で寝ていたら怯えるに決まってるじゃない。

 しかも寝顔を見にって、私寝相悪いんだけど!


「どーして止めてくれないんですかっ」


 真っ赤になって抗議する私に、二人は顔を見合わせた。


「代がわりしたてでお仕事が忙しい中、ノア様を見た途端に幸せそうなお顔をされるんですもの」

「お可哀想で追い返せませんわ」


 ねえ、と互いに頷き合っている。


「そんなに気に入っていただける理由がわからないんですけど。私はレオン様と陛下の生誕祭で初めてお会いしたばかりなのに」


 そう言うと、二人はそろって首を右に傾げた。


「初めて?」

「レオン様はずっと前からノア様をご存知の様子ですけど」

「てっきりわたくし達はお二人が幼馴染なのではと思っていましたのに」

「……? 私はずっとランファール伯爵家で内向きの仕事をしていました。レオン様はフェザード侯爵の御子息ですし、全く接点がありません」


 二人はますますわからない、と言った顔をした。


「レオン様は十年前に侯爵家に引き取られたので、その前に出逢われたのかと思っていました」

「その頃からずっとレオン様はノア様を探されておりましたので」

「引き取られた?レオン様は先代侯爵様のご嫡男ではないのですか?」

「はい、みなさんご存知です。大旦那様には奥様との間にお子様がおられず、大旦那様が連れてこられたご養子なのです」


 その出自は謎で、身分も貴族だったのか平民だったのかも明かされていないという。夫人の話では、侯爵の庶子ではない事は確かだったらしい。

 侯爵家に連れて来られた時の彼は十二歳だったという。


「侯爵家に初めて来られた時のレオン様は、少女のように美しい少年だったそうですわ。一時は大旦那様が囲うために引き取ったのではないかと噂がたった程です」


 貴族男性がお気に入りの美少年を愛人にする事もある、というのはたまに聞く事だ。


「でもそんな噂はすぐに消えましたの。フェザード侯爵は国境騎士団の総帥を務める家系ですので、レオン様も来てすぐに騎士団の騎士達と訓練をされるようになったのです。レオン様の事を姿だけで侯爵に取り入ったのではないかと快く思わない騎士達もいたようなのですが、騎士の誰もたった十二歳の子供のレオン様には勝てなかったのです」

「どこで剣術を習ったのか、皆驚いていましたけれど。結局大旦那様は笑うだけで教えてはくれませんでした。何度か魔獣の討伐にも参加されましたけれど、まさに獅子王の名を継ぐに相応しい戦いぶりだったそうですわ」


 あのどこから見ても貴公子のレオン様が、もしかしたら平民出身だったかもしれないというのは意外だ。でも、レオン様ならさぞかし綺麗な美少年だったのだろう。


 その時、コンコンと扉が叩かれた。


「ノア様に御客人です」

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