第5話 ジョブチェンジ?
「綺麗な黒髪ですね」
「はあ、どうも……」
ドレッサーの前に座っている私の髪を、侯爵家の侍女さんがとかしながら褒めてくれる。
部屋で朝食を食べた後、私は身支度をしてもらっていた。
いつもお嬢様の身の回りのお世話をするのが私の仕事だったのに、今は私が世話をされている。上品な青色のドレスを着せられて、まるでどこぞの貴族の令嬢のよう。
さすが侯爵家、別の侍女さんがめっちゃ高そうな宝石のついた飾りを幾つも持ってきていた。髪を結い終えた侍女さんが、それらを見ながらどれにしようかと選んでいる。
「ノア様の瞳に合わせてシトリンのネックレスにいたしましょう」
ハイハイ、どうぞお好きなように。
うわー、黄色の宝石がキラッキラしてるー。
こんなの普段からつけるの?
え? 化粧も?
ハイハイ、目をつむればいいんですね。
「さあ出来ました」
そう言われて目を開けると目の前の鏡の中に、いかにもお嬢様然とした女の子が映っていた。
馬子にも衣装だわね。
黒猫みたいと
「ありがとう」
「ノア様は大切なお方ですから、わたくし達も精一杯お仕えいたしますわ」
ニコニコと笑う侍女さんはアニエスさんという名前だ。
私と同じ侍女だけど、出身は侯爵家に仕える子爵家の令嬢らしい。ネックレスを持って来た侍女のリリアーナさんもきっと同じだろう。
あんまり丁寧な扱いを受けると恐縮してしまう。
「あのう……、アニエスさんは……」
「アニエスとお呼びください」
「えっと、アニエスは侯爵家では長いんですか?」
「もう十年ほどになります。先代侯爵様の奥様にお仕えしておりました」
「奥様は今は?」
「お亡くなりになられました。大旦那様と一緒に」
確かレオン様は最近侯爵を継がれたと聞いている。だったら亡くなられたのはごく最近?
もしかしてこの宝石類は先代奥様の所有していたものなのかもしれない。
「レオン様は大旦那様が亡くなられる前から、ずっとノア様をお探しになられていました。見つかって本当に良かったですわ」
「ねえ、それなんですけど、どうしてレオン様は私を探していたのですか?」
「それはノア様が『ルゲルタの聖女』だからです」
「は?」
ルゲルタは雷の神だ。
その聖女ってなんじゃ?
「フェザード侯爵が獅子王と呼ばれる理由をご存知ですか?」
「いえ……」
「フェザード領には古より獅子の魔獣が棲みついています。フェザードの領主はこの獅子とある契約をしているのです」
そう、この世界には魔獣と呼ばれる化け物達がいる。奏のいた世界では物語やゲームの中の空想の生き物だった竜や一角獣みたいなのが、こっちの世界には本当に存在しているのだ。
昔、神様達がいた頃には、それらの生き物は神獣として神様に仕えていた。だけど大昔に神様と魔物達の戦争が起こって、神様達は地上に降りられなくなったらしい。
それ以来、神獣達は魔獣になって人間を襲うようになった。各国の騎士団が魔獣討伐に向かうことも多い。魔獣による被害は珍しいものではないのだ。
しかし、魔獣が人間と契約をするというのは聞いたことがない。
「どんな契約なの?」
「獅子が数多の魔獣から領地を守護する代わりに、領主は百年に一人現れるという『ルゲルタの聖女』を獅子に捧げます」
捧げるって……、魔獣の生贄?
マジ?
目が点になった私を見て、アニエスさんは慌てて手を振った。
「誤解なさらないでください。これまでの聖女様はどの方も幸せに天寿を全うされていると聞いています。獅子は『ルゲルタの聖女』を唯一の主として仕えるのだそうです。領主も聖女を守護者として大切に扱います。ノア様は我々領民の聖女様なのです」
リリアーナさんも自分の目を指差して言う。
「黄金の虹彩は金眼と呼ばれ、金眼の人間は雷の神ルゲルタの加護を持つと言われています。獅子はルゲルタの従獣。ルゲルタの加護を持つ聖女だけが唯一、獅子を従える事ができるのです」
「金色の目の女性なら他にもいるんじゃないですか? どうして私が聖女だと?」
そう尋ねると、アニエスさんとリリアーナさんは顔を見合わせた。
「瞳に金色を持つ方は滅多にいません」
「この国中を探してもノア様だけかと」
「え、そうなの?」
「はい」
なんだかとっても大変なことになった気がする。
侍女から聖女にジョブチェンジだ。
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