第9話 紙とペン

 ランファール伯爵家の二人が帰って夕食をとった後、自室に戻った私のもとにレオン様が訪ねて来た。今日は寝顔じゃなくて起きてる時に来たのね。よだれたれて寝てるとこ見られるより、まだいいわ。

 リリアーナさんが彼を中に入れて、意味深な笑顔できっちり扉を閉めて出て行った。

……なんか誤解してるよね。


 レオン様は全く気にする様子もなく、私に尋ねる。


「ノア、不自由な事はないかい?必要なものがあれば用意させるが」


 不自由……帰れないのが唯一不自由かな。後は豪勢な生活をおくらせて頂いてますよ?

 あー、紙とペンがあればさっきのネタ書き留めておきたいけど、ここではまずい。BL本書いてるの見られたら恥ずかしくて死ぬ。


「大丈夫です。十分ですよ」

「本当に?遠慮しないでいいんだよ」


 だったら帰らせてって言いたいけど、それはダメって言うだろうな。


「あのう……昼間の話の事なんですが、私はルゲルタの聖女としてフェザード領に行かないといけないんですか?」


 聖女云々というのは彼から聞いたことは無い。だけど、私を連れて来た理由はそれだろう。聖女はフェザード領を守る為に、獅子の森の神殿で獅子と会わなければならない。


 だけど、レオン様の返事は意外なものだった。


「私のそばにいるのであれば、別に行く必要はない。不安?」


 彼はアルバート様にも無理強いはしないと言っていた。私は少し安心して、正直な気持ちを話すことにした。


「不安は少しあります……魔獣に会うというのは危険な事なのではないのでしょうか」


 レオン様は、本当に覚えてないんだ、と呟く。その顔は少し悲しそうに見えた。


「獅子は君を傷つけることはない。君は獅子にとって大事な主人だから」

「魔獣なのに?」

「君の命令は絶対だ」

「私の聞く魔獣の話は、どれも恐ろしい怪物です。たくさんの町が襲われ、大勢の人が殺されたこともあると」

「君がいる限り、獅子は狂わないんだ。ルゲルタの聖女は獅子の魂そのものなんだよ。君が望めば世界も滅ぼすだろう」


 なんだか聖女ってスゴい。よくわからないけどフェザード侯爵が血眼になって探すのもわかるわ。


「さあ、冷えないうちにベッドに入って」


 レオン様が私の肩を抱いてベッドの方へと連れて行く。

 お、ちょい待って、また添い寝??


 身を固くした私に彼はふうと大きな溜息をついた。


「本当は四六時中そばにいたいんだが、君の気が休まらないだろうから我慢する。私は出て行くから早く休むんだよ」


 私をベッドに座らせると、しゅーんとした様子でそう言った。


 確かにちょっと可愛いかも。

 ご主人様にくっつきたがる猫みたいだ。

 ちょっとおもしろーい。


「おやすみ、姫」


 それから彼は身をかがめると、私の額にちゅっと軽くキスした。


「っっっ!!!」


 前言撤回!

 可愛いだなんてとんでもない。

 やっぱりこの男、手が早い!


 真っ赤になって飛び退いた私に彼は、新鮮な反応、と呟いて笑った。


「ああ、メモにする手帳とペンは、机の一番下の引き出しに入ってる。あと、この屋敷の書庫は自由に入っていいから」


 部屋を出て行きざまにドレッサーの横の小さな机を指さす。


「え……?」


 なんでだろう、嬉しいけどどうして私の欲しいものがわかるの?

 不思議そうな私に、レオン様は軽く笑った。


「私は君の事を知っているって言っただろう?覚醒が中途半端な聖女様」


 そう言って部屋を出て行く。その後ろ姿を見送って、私は混乱していた。彼はどこまで私の事を知ってるんだろう。私は何を忘れているんだろう。


 布団をかぶりながら私は何かを忘れている事に、その時ようやく気が付いた。

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