第32話 始まりは猫でした

「レオン様がレオ?」


 私の肩に掛かる金髪を撫でると、レオのたてがみと同じサラサラとした手触りがした。

 レオン様は私の首元で頷き、顔をあげるとニコリと笑う。そして仕方がないなと呟いて、私の鼻先に人差し指をあてた。


「ノア、奏が拾った猫のことは覚えているかい?」

「ええ」

「君がつけた猫の名前は?」


 奏だった頃、仕事帰りに家の近くで小さな猫を拾った。ドロドロに汚れ弱っていて、近づいても逃げる気力もないみたいだったから、連れて帰って飼うことにした。

 お風呂で洗ってやると首周りの毛がふわふわしていて、毛色も金茶色でとても綺麗な猫だった。


『首の毛がふさふさね。小さなライオンみたい。そうだ、レオン。お前の名前はレオンにしようか』


 私はその可愛らしい鼻先にキスしながらそう言った。


 そうだ。

 あの猫の虹彩も、珍しい黒色だった。

 車にはねられ倒れた私に飛び付いて、猫のレオンは何かをした。

 思えばあれが契約だったのだ。


 気がつけば私は金の瞳のルナという名前で、フェザードの教会のシスターをしていた。

 生まれ変わりの記憶が甦ると、契約の魔力も甦る。魔力を恐れる人々にルナは何度も危険な目にあった。

 金獅子レオはフェザードの領主が私の身柄の安全を約束する代わりに、魔獣達から領地を守る事を約束した。

 それがルゲルタの聖女の始まりだ。教会は代々の聖女が住まう神殿となった。

 そして私は幾度も生死を繰り返す。


「思い出したかい?お姫様」


 そう、これで全て辻褄が合う。

 初めて会ったのに私を知っていたのも、まるで恋人を守るように私に接してたのも、クロエ王女の記憶の中に彼がいたのも全部。

 猫のレオン、神獣レオ、人間の姿のレオン。

 繰り返し生まれ変わる私を探し出してくれる、大切な私の半身。


「ひどい、すぐに言ってくれたらいいのに」

「貴女に飼われていた猫ですって?信じてくれたかい?」

「頭のおかしい人だと思う」

「だろう?だから自分で思い出すまで待っていた。こんなに待たされるとは思わなかったけれど」

「ノアは鈍いんだよ」


 呆れたようなアルバート様のツッコミに私は反論できなかった。

 そうですね、確かに私は鈍いですよ。

 でも……。


「お坊ちゃまはどうして気付いたんですか?レオン様が好きだから?獣になっても見分けられるくらい愛しているんですね」


 私もレオン様を好きな気持ちは負けないと思っていたけど、アルバート様の愛には及ばなかったのね。

 完敗だわ、とガックリきてると、アルバート様はガバッと起きて真っ赤になって怒鳴った。


「ばっ……馬鹿!よく考えればわかるだろう。フェザードの獅子王レオンがノアを探してた。面識がないはずなのにノアの事を知っていて、婚約してまで守ろうとしている。僕も初めは侯爵がリース公爵を狙って獅子を操っているのかと思っていた。けれど、クロエ王女の様に魔術を使う君が彼を呼んで、魔獣が姿を現し君を主だと言う。おまけにレオの喋り方はレオン卿にそっくりだ。これで気付かない君がおかしいんだよ」

「だって、人間が魔獣になるなんて普通思わないじゃないですか」

「それを君が言う?君等の存在自体が普通じゃないから」


 イテテテと肩を庇いながら落ちた布を拾って頭に乗せ、アルバート様は文句たらたらの表情で続ける。


「ていうか、どうして君は僕とレオン卿をくっつけたがるのさ。僕は男に興味はないってば」

「だってお坊ちゃま、レオン様が婚約するって言ったら嫌がっていたじゃないですか。私に取られるのが嫌なのかなと思って」

「はあ?君、今まで僕をそんな目で見ていたのか」

「えー、違うんですか?いい歳して婚約もしていないし、女性に興味がないのかと」

「何で残念そうにしてるんだよ。てか、余計なお世話だ」


 レオン様がくつくつと肩をふるわせて笑っている。アルバート様はそれをジロリと睨んで、不貞腐れたように私に言った。


「あれはノアをとられるのが嫌だったんだ。本当、君の鈍さには呆れてものが言えない」


 私?

 キョトンとした私をすかさず抱き締めて、レオン様がアルバート様に言う。


「ノアは私のものだ。主がいないと私は自我のない魔獣に堕ちる。自慢じゃないがそれこそ世界の災厄だと思うよ。実際、太陽の女神の従獣は世界を滅ぼしかけた」

「……だろうね。神話に出てくる獣と現実で対面するとは思わなかった」

「で、卿はどう説明するつもりだ?」

「どうしようかな。真実が荒唐無稽過ぎて、陛下に説明する嘘が思いつかないよ」


 レオン様の問いかけに、アルバート様はやれやれと首を振った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る