第31話 魔獣の正体
フェザード領の国境騎士団がリース公爵の私兵を制圧するのは時間の問題だった。間もなく騎士団が広間に入って来て、倒れていた公爵達を拘束し連行していった。
フェザードの騎士達が広間に入って来る前に、レオは壊れた天井から空へ飛びあがって姿を隠した。
あんなでっかいのに、これまで王都のどこに隠れていたんだろう。
私はちゃんと隠れられるのか少し心配に思いながら見送った。
レオは魔獣だけあって大きさはライオンの二倍以上あるんだけど、豹のようにややスリムな骨格をしている。たてがみ以外の身体の毛も全体的に長めで、金色の毛が艶々していて手触りがいい。
離れる前にもう大丈夫だから、と鼻先で私の首元にスリスリしてくるのが大きな猫みたいで可愛かった。
撫でると思ったよりかなりふわふわで、もうちょっとモフモフしたかったけれど仕方ない。また今度モフれるだろうか。
怪我をしたアルバート様は、駆けつけた騎士団の人達が応急処置をしてくれた。王宮内はだいぶん落ち着いたように見えるけれど、国王陛下達は無事に騎士団に合流出来たのだろうか。
そして……。
「レオン様は無事なのかしら」
思わずポツリと呟くと、隣で包帯を巻かれていたアルバート様が目を瞬かせた。
「ノアは気付いていないのか?」
「何がです? お坊ちゃま」
「いや……君がものすごく鈍い事を忘れてた」
「はあ?」
アルバート様はフイッと横を向いてしまったので、それ以上話す事が出来なかった。
傷が痛むのかしら?
そうよね、刃物が突き立っていたんですものね。
「団長ならご心配なく。王都に着くなり我々に指示を出してすっ飛んで行ってしまったのですが、今頃は陛下をお守りしているはずです」
治療をしていた騎士がそう教えてくれた。
「止血と縫合はしていますが、熱が出ると思います。医師に薬を調合してもらって下さい」
「わかりました」
アルバート様はまだ王宮に留まって騒ぎの収束に走りたいようだったけれど、私が腕を掴んで離さなかったので諦めたようだった。
麻酔もなく抜いたり縫ったりしたんだものね。かなり体力は消耗しているはずだ。
フェザードの騎士達は戦場で慣れているのだろう、手際よく治療してくれていたが、短剣を抜く時はさすがにかなり痛そうだった。私を庇って受けたのだから、ちょっとは優しくしてやらないと。
怪我人も多くて混乱している王宮より、伯爵家の方が侍医も呼べるし人手もある。連れて帰りたいけど馬には乗せられないよなあ、と思案していると、騎士の一人が馬車を準備してくれたので助かった。
大丈夫と言い張るアルバート様を馬車に押し込み、私は彼をランファール伯爵家に連れて帰る事にした。
*********
旦那様がレオン様と一緒に屋敷に戻って来たのは翌朝だった。
案の定傷口から熱を出したアルバート様を、他の侍女と交代しながら看病していると、部屋の扉が開いて二人が入って来た。私ともう一人の侍女が出て行こうとすると、旦那様は私だけに残るように言って扉を閉めた。
「傷は?」
「大したことありません。ノアがうるさいので寝ているだけで」
「まあ、明け方まで高熱でひいひい言ってたのは誰ですか」
「言ってない」
そう言い張るアルバート様のおでこに冷やした布をペシンと乗せる。
「寝たままでいいから二人に報告しておくよ」
苦笑しながら旦那様は私達が去った後の王宮の経過を教えてくれた。
「リース公爵とザルフィア伯爵は処刑が決まった。ディロン伯爵も彼等に与していた貴族達も全て処分される」
「そうですか……」
当然のことだけれど、王弟妃や彼等の親族のことを考えると心が痛む。
「クレマン宰相は陛下に辞意を伝えた。彼等の近くにいたのに今回の件を察知できなかった責任があると仰って。陛下は思いとどまる様に言っているが、領地で謹慎すると言って聞かないようだ」
現実的に中央の政治から手を引くということだ。王妃様はお辛いだろうが、王弟派と言われていたからには残ったとしても立場は厳しい。それが一番賢い選択なのだろう。
「ノア、陛下がお前に褒美を与えたいと仰っている」
「私ですか?」
「そうだ。あの時退路を開いたのはお前だから。お前がいなければ、レオン卿が駆け付ける前に国王陛下も王太子殿下も殺されていたかもしれない。できる限り叶えるので、何が良いか考えておくようにとの伝言だ」
「……わかりました」
褒美ったって別に欲しいもの無いけど。
「しかし、ノアがあんなに凄い魔術師だったとは知らなかった」
旦那様が私を見て腕組みする。
そうでしょうとも。私も思い出すまでは、あんなに強い魔力を持ってるとは知らなかったですから。
へらへらと笑ってみるけど、誤魔化されてはくれないよね。
「あの場に倒れていた者達が、お前が魔獣を従えていたと言っているのだが、どういうことだろうか」
「……」
どう説明するべきか。ここは一発ルゲルタの聖女について、レオン様から話してもらった方がいいのだろうか。私はルゲルタの従獣レオと主従の契約を交わしている事、その契約によって魔力を得ている事を。
でもそんなのが公になれば、私はいよいよ危険人物じゃない?聖女を囲うフェザード領も、国家を転覆しうる軍事力を隠し持っていたとして危険視されるんじゃないだろうか。
固まって冷や汗をたらす私の代わりに、アルバート様が口を開いた。
「父上、それについては追々僕からも説明します。ソフィアが父上を心配していたので、先に顔を見せてやってくれませんか」
「うむ? ……ああ、かまわない」
要は出て行けと言っているのだと旦那様は気付いたようだ。敢えて何も言わずにレオン様を置いて部屋を出ていく。
残されたレオン様はベッドに近付いてアルバート様をのぞき込んだ。
「どう説明するつもりだい?」
「どう言って欲しいですか?」
二人の視線が絡み合う。
不穏な空気に私は二人を交互に見て間に入った。
「何で喧嘩してるんです?」
アルバート様が肩をすくめる。
「喧嘩じゃないよ」
レオン様も私の髪をするりと撫でた。
「要らぬことを喋らぬように牽制してるだけだ」
「要らぬこと?」
首を傾げた私にレオン様は『ん?』と驚いたような表情を見せた。
背後でアルバート様の大きな溜息が聞こえる。
「レオン卿、ノアはまだ気付いていないのです」
「嘘だろう?記憶は戻っているはずだ。あんなに魔力を使いこなしていたのに」
「記憶? 前世の記憶なら戻ってますよ」
キョトンとする私に、アルバート様がやれやれと言って質問し始めた。
「ノア、君が魔獣を呼んだ時、何て呼んだか覚えてる?」
「えーっと、慌ててたから間違えて『レオン』って呼びました」
「で、誰が来た? レオン卿が来た?」
「ううん、レオが来た」
「何でかな?」
「何でかな……?」
じーっと見てくるレオン様の視線が痛い。
「嘘でしょう?」
「主よ、いい加減に私の事を思い出してくれ」
おそるおそる尋ねると、レオン様は私の両肩を掴んで首元で悲しそうに囁いた。
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