第30話 召喚

 私は兵士達と戦いながら思い出していた。ほとんど使ったことのない魔力を、まるで熟練の魔術師の様に操れる。それは私の魂に刻まれた記憶のせいだ。

 私……『エレノア』には『奏』以外の幾つもの過去がある。

『奏』は記憶に残る一番初め。

『クロエ』は『エレノア』の一つ前。


『ルナ』『キリエ』『アリス』『シェリル』『マリー』、他にもたくさん。

 どれも私だ。

 どの名前で呼ばれていた時も、私の側には常に一匹の獣がいた。かつて神に仕えた誇り高き黄金の獅子。



「レオーンッ!!」


 声の限りにそう叫んで、一瞬止まる。

 そして私は両手で口を押さえた。


 ちょっと待って。

 間違えた!

 私、今、レオン様呼んだよ!


 アルバート様が目を丸くして私を見ている。

 違う、お坊ちゃま、私が呼ぼうとしたのは魔獣の方なの。

 レオン様は呼んでも来れないってわかってるから。

 何で?って顔しないで!



 馬鹿馬鹿と慌てていると、突然外で閃光が瞬き巨大な落雷が轟いた。外で兵士達の怒号と悲鳴が聞こえる。

 かと思うと、次の瞬間入り口近くの天井が轟音をたてて崩れ、その下にいた兵士達を瓦礫が飲み込む。同時に光り輝く塊が、壊れた天井から中へ飛び込んで来た。


「うわあっ、何だ!」


 私達に斬りかかろうとしていた兵士達が、目の前に立ち塞がった存在を目にして悲鳴をあげる。そこに現れたものの影は随分と大きく、そしてパリパリと音をたてて放電し時折火花を散らしていた。


「本当に……来た」



 金色に輝く巨大な体躯。


 黄金のたてがみを持つ美しい獅子。


 天空より出現した光り輝く金色の獣の足下から、幾筋もの稲妻が大地に走る。

 雷の神ルゲルタの従獣であったという金獅子レオ、その孤高の獣の王がそこにいた。



 グルルルル


 広間に降り立った巨大な獅子が、周囲を取り囲む兵士達を睨み威嚇の唸りをあげる。


「獅子の魔獣!」


 その漆黒の瞳は深淵を覗くかのようにどこまでも暗い。吸い込まれる様な闇色の中に、激しく燃え盛る炎の様な怒りをたたえて、獣は兵士達に囲まれた公爵を見据える。

 白い牙の並ぶ赤い口から発せられたのは獣の鳴き声ではなく、多少くぐもってはいるものの人の言葉だった。


『我が主に刃を向けるとは、身の程知らずにも程がある』


 天空に轟く雷鳴の様に響くその声に、その場にいる者は雷にうたれたように竦みあがる。


「しゃべるのか……」


 ただの魔獣は獣の様に吠えるのみ。人語を発する事に驚くと同時に、この目の前の獣がただの魔獣ではない事を思い知る。

 この気高き生き物は、自我を失い森を彷徨う魔獣ではない。神に仕え、その力を分け与えられた神獣だ。


「何をしている!この魔獣を倒すのだ!」


 公爵がガクガクとふるえる兵士達を叱咤する。だが、戦意を喪失した兵士達は剣を構えるどころか、地面に縫い止められた様に身動き出来ない。

 その様子をジロリと眺めて、獅子は無造作にその首を振った。


「うわあっ!」

「ぐわっ!」


 身震いにも似たその一振りで生まれた衝撃波が、雷撃を纏い広間の中を駆け巡る。

 ゴウッと細かな瓦礫のカケラを巻き上げる風が吹き抜けた後には、感電し動けなくなった貴族と兵士達が地面に伏して呻きをあげていた。

 瞬殺だわ……凄い。


『言ったであろう、身の程知らずだと』


 金のたてがみを軽く揺らして、獅子はかすかに笑った様に見えた。


 これが金獅子レオ。

 フェザード領を守り、私を守護する神の獣。

 なんて……なんて強くて、綺麗なんだろう。


『そなたらが殺めようとしたこの方が、私の唯一の主。人間の王がどうなろうと知らぬが、私のものに手を出してタダで済むとは思わぬことだ』


 そう言ってレオが私達を振り返る。


『エレノア』


 突然名前を呼ばれて私は飛び上がった。

 え?名前知ってるの?

 貴方、この身体では初対面でしょ。


 レオは私の戸惑いなど全く気付いてないように、器用に前足で彼等を指差した。


『こやつらをどうする?このまま埋めるか?生きたまま燃やすか、八つ裂きでも良いが』


 不穏な言葉を聞いて、私はぶるりとふるえた。

 ちょっと待って、私が決めるの?ていうか、選択肢が殺すしかないってどうよ。


「もうちょっと穏便な選択肢はないの?」

『生かしておいてもどうせ死罪だ。ほら』


 レオが外を見ろという様に首をしゃくった。耳を澄ますと遠くで金属が擦れ合う音と、争う人々の声がかすかに聞こえてくる。

 そこへタイムリーにも一人の兵士が駆け込んで来た。


「公爵閣下!フェザードの国境騎士団が宮殿に攻め入って来ました」


 そう叫んだ兵士は、広間の中央に倒れた主人達とその前で鎮座する獣を見て息を呑む。そんな彼の脳天に小さな雷を落として、レオは床に倒れ呻く公爵に憐れみの視線を送る。


『終わりだ』


 公爵は諦めた様に床に伏して動かなくなった。

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