第29話 裏切るにも程があります
ザルフィア伯爵の呼び声に、近衛騎士達が殺気立ち背後の扉を振り返る。不穏な気配を察知した旦那様が国王陛下の前へ走り、その両脇をキルデベルト様とクレマン宰相が固める。
厚い濃茶の木の扉のすぐそばに立っていた騎士が、上官の指示なくバンと激しく扉を開いた。
「貴様、何を!」
驚く騎士達が腰の剣を抜き構えるとほぼ同時に、扉の外から幾人もの武装した兵士たちがなだれ込んでくる。
たちまちその場は戦場とかわった。激しい金属音が響き、侵入を防がんと騎士達が立ち向かっている。
「陛下を御守りしろ!」
誰のかもわからない怒声が響く。国王陛下の周囲に貴族達が集まり盾となっている。大司教が背後の扉に手をかけて押すが、入って来たはずのその扉は固く閉ざされているようだった。
誰かが鍵を掛けたのだ。
「ノア、しゃがんで」
アルバート様が私の手を引っ張って椅子の影へ入れる。そしてそのまま広間の前方へ誘導していく。
しゃがんで進む私の目に、叔父様があわあわと慌ててリース公爵の方へ走って行くのが見えた。公爵は広間の端へ少し下がり、悠然と笑みを浮かべて騒ぎを見ている。その隣でザルフィア伯爵も硬い表情で立っていた。数名の貴族達が青ざめた顔で公爵に寄り添っている。
さほどの時間も経たずして、十名以上いたはずの近衛騎士たちは扉を開けた一人を除き、皆固い大理石の床の上に横たわって動かなくなっていた。
彼等の体を乗り越えて、兵士達は無言のまま広間の奥へ進み、正面の国王と貴族達を威圧するように剣を抜いたまま並ぶ。その数は広間に入りきる事なく、外には更に大勢の兵士達がひしめいているようだった。
「どういう事だ?リース公爵」
陛下が重く響く声で弟に問う。
「お分かりになられませんか?」
リース公爵はわざと大真面目に問い返した。
「モルガン領はお前の仕業か」
「やっとお気付きになられましたか、陛下。じっくりと下準備をした甲斐がありました」
「その様子では騎士団も既に制圧されたか」
怒りをたたえた国王の言葉に、公爵はただニヤリと笑う。
「王都の守りを手薄にしてくれた宰相には礼をせねば」
「閣下、貴方は陛下に剣を向けてまでして……、それほどに王位が欲しいのですか?実の兄君ですぞ!」
「愚鈍な兄でも兄だからこそ、手に入るまでじっくり待とうと思っていたのだが、こちらの方が手っ取り早い事に気が付いたのだ。早くこうするべきだった」
キルデベルト様が唇を噛む。
「叔父上……貴方という人は」
モルガン領の暴動、領内の兵士だけでは抑えきれない大規模なそれ。移民を含む人数の多さだけではなく、武器や食糧などの支援を行う支持者がいる。
隣国の影を感じてフェザード侯爵を向かわせた。しかし、国内部の、それも中枢を担う人物の仕業だったとは。
「さっさと貴様が死んでおれば良かったのだ。
王太子に向けて侮蔑の言葉を吐き、公爵は兵士を周囲に従え貴族達を見据える。
「さあ、諸公よどうする? 私に従い新たな国を創るか、それとも国王と共に
国王陛下もキルデベルト様も、公爵を無言で見つめる。周囲の貴族達は互いに顔を見合わせて不安げに唇を震わせる。
クレマン宰相と旦那様、リューベル伯爵はさすがに堂々と胸を張り、陛下達を守るように囲んでいた。
正面の出口には大勢の兵士。
後方の扉には鍵。
完全に詰んでいる。
……普通なら。
だけど、まだだ。
今なら公爵も兵士達も油断している。
私なら、まだ切り開く事ができる。
ルゲルタの聖女に与えられる魔力。
この金色の瞳に封じられた力が、私の怒りと共に身体中に巡り始める。記憶が戻ったせいか、前よりもなんとなく馴染んでいる。
ああ、そうか、私はこの力を何度も使った事があるんだ。
ドオン!
激しい衝撃音が響き渡り、金色の目を刺す光が広間を埋め尽くす。
「何だ!?」
目を細めて何が起こったのか確認しようとする国王陛下達に、私は大声で叫んだ。
「陛下! 今のうちに脱出して下さい!」
私の指差す先には、鍵が掛かっていたはずの扉が吹き飛び、向こう側にいたと思われる兵士達をなぎ倒してポッカリと穴が開いている。私は広間の中央へ向き直り、次の衝撃波を放った。
バリバリバリッ
彼等の前へ迫っていた兵士達が、火花を鎧に弾かせながらバタバタと倒れてゆく。
私の両手から金色の筋がパチパチと弾けた。
へへん、強力スタンガンだ。
「逃すな! 追え!」
公爵の焦った声が聞こえる。
「陛下! こちらへ!」
宰相が数名の貴族を連れて出口に向かい、大司教と旦那様が陛下とキルデベルト様を誘導する。彼等が倒れていた兵士の剣を奪い廊下を走ってゆくのを確認して、私は動揺を隠せない兵士達に再度雷撃を放った。
数十人がまた床に倒れ伏す。
「魔女だ! 先にあの女を殺せ!」
リース公爵の声が響く。バラバラと固い足音を立てて、剣を持った兵士達が私に向かって走って来る。
「来ないで!」
私は再び両手をかざし雷を放った。パリパリと乾いた音をたてて、金色の弾ける光が蛇のように走り兵士達に襲い掛かる。
「ノア!!」
その時、何かに気付いたアルバート様が私に覆いかぶさった。
「ぐっ!」
何処からか私に向けて投げられたであろう短剣が、彼の肩に突き立っていた。
「お坊ちゃま!」
傷口から滲み出る血が、彼の背中に回した私の手を濡らす。
私の目の前が真っ白に染まる。
「大丈夫だ、ノア、早く逃げろ」
私の攻撃を警戒していた兵士達が、そろそろと床に座る私達に迫ってくる。
アルバート様は自分に構うなと私を押して逃がそうとするけれど、置いていけば殺されるのは間違いない。
そんな事、許すものか。あんな奴等に大切な人達をこれ以上奪わせない!
そして私は、私の従えるべき獣の名を呼んだ。
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