第28話 腹に据えかねたので反撃します

 公爵が私を魔女と呼ぶと、広間に腰掛けた貴族たちの間にひそひそと囁きが広がる。

 皆、半信半疑のようだ。


 荒唐無稽な話のように思えるけれど、この世界には魔術師と呼ばれる一握りの人間がいる。それは人を癒す医師のような者や、預言者のような先見の力を持つ者、そして炎や水を操り攻撃する力を持つ者など様々だ。

 大陸の中央にそびえる神の山と呼ばれるホルクスに守られた大地、神々の加護あつきエディーサ王国には国を守護する魔術師団があり、強大な力を持つ魔術師達が国家によって雇われている。


 しかし、ここブルセナ王国ではほとんど魔力を持って生まれる人間がいない。魔術師と呼べるほどの力を持つ者はごくわずかだ。

 少数の彼等は表立って街に姿をあらわさず、人目を避けて暮らしている事がほとんど。彼等が何故隠れているかというと、人間は未知の力を恐れる傾向があるためだ。迫害の対象となりやすい彼等は、身を守るために魔力を隠す。

 私が自分の魔力を誰にも明かさず隠していたのも、知られれば普通の生活を送る事が難しいと知っていたからだ。


 そう、王女であれど魔女と呼ばれ忌避される程度に、この国の人々にとって魔術師は魔獣に等しい化け物だ。

 魔力を持ち魔獣を従えるフェザード領の聖女が、領外には伏せられ口外することを禁じられているのは、こういう裏事情があるせいでもあるのだろう。



「大丈夫だ、ノア。公爵の話は何の裏付けもないでたらめだと皆わかってる」


 アルバート様が私を落ち着かせるようにそう囁く。でも肩を抱く彼の手をそっとはずして、私はゆっくり立ち上がった。

 言われっぱなしで黙っているほど、私は優しくはない。


「おや、やっと話をする気になったようだ」


 公爵が挑むように微笑む。

 私は彼を睨みつけ、そして国王陛下に一礼した。


「陛下、発言をお許しください」

「許す。言ってみよ」

「公爵閣下のご発言は余りにフェザード侯爵を侮辱したものでございます。侯爵は今もこの国と陛下をお守りする為に、モルガン領の暴動の鎮圧に相対しています。忠実なる臣下に向けての余りの言葉に怒りを禁じ得ません」


 広間がしんと静まり返る。

 そうだろう。元貴族とはいえ一介の平民の娘が、王の位にも手が届く公爵を面と向かって批判しているのだ。

 でも、ここは裁判の場。

 人殺しの断罪をするのは今だ。


「陛下、私が王女の生まれ変わりかどうかは別として、確かに私は魔術師と呼ばれる力を持っています」


 隣でアルバート様が驚いてそんなはずは、と呟いた。ランファール伯爵家でも、私は一切魔術など使った事がなかったから。

 アルバート様に散々いじめられた時でも使っていないし、いつも一緒にいたお嬢様にも教えていない。

 だから、公爵がそれを知る由はないのだ。


「ですが、閣下はいつ何処でそれをお知りになられたのでしょうか」

「なに?」


 公爵の片眉が上がる。


「よもやクロエ王女に外見が似ているというだけで、私が魔力を持つ人間であると断言されたのではないでしょう。何かしら確証があって、私をお疑いになられたのですね?」


 彼は大きなミスをしたのだ。

 知り得るはずのない事を知っている。

 それは彼自身が罪を犯した事の証拠となる。

 ……なんて馬鹿な奴。

 私は叔父様と公爵をゆっくり眺めた。



「私は過去一度のみ、身を守るために魔術を使ったことがございます。それは両親が命を失った十年前の『事故』、いえ、『事件』の直後。生き残った私の口を封じようと、暴漢が私を襲った時です。瓦礫の中で息も絶え絶えの私を見つけた二人の男が、私を棒で殴りつけて殺そうとしました。命の危険を感じた私は思わず魔力を放ちその棒を砕きました。……ただ一度のその瞬間を閣下は見ていらしたのですね?」


 返答は返って来なかった。

 自白してしまった愚かさに、ようやく気が付いたようだった。


「陛下、取り調べの為リース公爵とザルフィア伯爵の身柄を拘束する許可をください。そして屋敷の捜索と使用人の調査を」


 キルデベルト様の言葉に国王陛下が頷く。

 その時、ザルフィア伯爵が一際大きく声を張り上げた。


「衛兵!来よ!」

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