第27話 公爵は詭弁が得意なようです

 カタカタとふるえる私の肩を抱き、アルバート様がどうしたのかと小声で囁く。

 でも、私はただ首を振ることしかできなかった。

 私達の目の前で、私の両親を殺し私を殺そうとした人達が話を続けている。

 なんて……なんてひどい……。




「殿下は私が先のフェザード侯爵を殺害したと仰るのですか?」


 口元に笑みをたたえたまま、冷たい声で公爵は王太子に問う。


「私は事実を述べたまでです」


 キルデベルト様も淡々と答える。


「毒の種類を調べたところ、国外から輸入するしか入手手段がないものでした。フェザード侯爵がコルム王国の商人が同じ毒薬を扱っていた事を突き止めました。ザルフィア伯爵の屋敷の者が、商人に接触していたという情報も得ています」

「その商人は?」

「身柄は確保してあります。ただ、彼自身は毒を売った相手の素性は知らないようです」


 ザルフィア伯爵がゆっくりと口を開いた。


「我が屋敷の使用人が怪しい商人と会っていたと?フェザード侯爵がそう言っていたのですか?」


 彼はさも心外だと言った風に両手を広げた。


「陛下、フェザード侯爵は何処に?仮にも我々を捜査したという証人ではありませんか」

「彼はモルガン領の暴動の鎮圧に向かった」

「この裁判の証人の一人なのに?」

「隣国の動きを牽制する必要があるので、今動ける者の中で彼が一番適任でした。近衛騎士団の半数とフェザードの国境騎士団を向かわせた。私の人選です」


 クレマン宰相が答える。


「彼をそんなに信用しても良いのでしょうか」


 ザルフィア伯爵が低い声で宰相を睨む。

 彼は宰相の片腕と言われる人物だが、宰相に対する言葉には棘があった。

 リース公爵がそんな伯爵を横目で見て、ゆっくりと口を開いた。


「フェザード侯爵は得体が知れぬ。彼は養子として侯爵家に入ったが、誰も彼の本当の出自を知らないのだからな」


 公爵の言葉に宰相が眉をひそめる。


「レオン卿はフェザード侯爵の叔母の嫁ぎ先、ゾフ子爵家の出だと届けが出ていたはず。身元ははっきりしています」

「表向きそうしただけだろう。調べればゾフ子爵に男子は産まれていない」

「閣下は調べられたのですか?」

「そうだ……大司教、近頃王都に魔獣がいると噂されている事はご存知か?」


 突然話を振られて、大司教が白い顎髭を撫でながら首を傾げる。


「魔獣ですか?」

「そう、獅子の姿をした魔獣だ」

「誰かが教会に訴えてきたという話はありません。ただ、都の一部の人々の間でそういう噂が流れている事は知っています」


 大司教は質問の意図をはかりかねているようだった。


「魔獣が出たのであれば討伐させるが、今のところ噂のみで実際の被害の報告はない」


 国王陛下も司教を見やってから公爵の方を向いてそう言った。

 キルデベルト様も苛立ちを隠しきれない様子で声を挟む。


「公爵、話をそらさないで下さい。今は魔獣の噂など関係ない事です。第一、フェザード侯爵と魔獣の間に一体何の関係があるというのです」

「先のフェザード侯爵の事故の後から、魔獣を見たという噂が流れ始めた。正確には、後継であるレオン卿が王都にやって来て陛下に謁見した後から」

「偶然では?」


 リース公爵は薄く笑って私を見た。


「フェザード領には獅子の魔獣が棲むという伝説があるそうだ。大司教は知っているだろう。昔、王女でありながら魔術を操り、獅子の魔獣を使って王宮を襲わせた魔女がいた」

「クロエ王女のことですな」


 大司教の返答に公爵は満足気にうなずく。


「魔女クロエは追放されフェザード領内に幽閉されたという。出自の知れぬ侯爵と魔獣、そして金眼の魔女クロエに瓜二つの女。彼等こそがフェザード侯爵を殺害してその地位を奪って利用し、王とその一族に復讐せんとしているのではないのか?」

「馬鹿な。クロエ王女は百年以上前の人物です」

「魔女は生まれ変わるともいうぞ?」


 公爵の冷たい灰色の瞳が私を見据える。


「そなたも魔術を使う魔女であろう」


 皆の視線が私に集まる。

 そうか、彼はあの時の私の魔法を記憶していているのだ。


「案外、前ディロン伯爵も魔獣に襲われたのやもしれぬぞ」


 そう言って、彼は唇に薄く笑みを浮かべた。

 全ての罪を私になすりつけるつもりなのだろうか。


 ……ふざけるんじゃない。

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