第18話 まだ終わっていない?
レオン様の黒い瞳が更に深みを帯びる。
「我が侯爵家の前当主も最近同じく馬車の事故で命を落としました。馬の暴走による馬車の転落です。あまりにも状況がよく似ているとは思われませんか?」
陛下はじっとレオン様を見る。
ディロン伯爵は焦ったように口調を荒げた。
「証拠もなく不確かな仮説で陛下を惑わせるのはどうかと思いますが」
「そうですね。何事も証拠が必要ですね」
そう言って、レオン様は冴え冴えとした視線をディロン伯爵に向け、微かな笑みを口元にたたえる。
「証拠と言えば、我が屋敷で先日エレノア嬢を狙った侵入者を捕らえました」
ディロン伯爵の肩がギクリと揺れた。
国王陛下が驚きを抑えた冷静な声で問う。
「フェザード卿、それはまことか?」
「はい、陛下。深夜我が侯爵家に三名の刺客が侵入し、エレノア嬢を殺害せんと襲ってきました。一名はその場で処理し、残り二名は捕らえてあります」
クレマン宰相が小刻みに震えるディロン伯爵を一瞥し、陛下に向けて言う。
「陛下、レザン侯爵を迎えたせっかくの夜会です。この話は後日ではいけませんか?」
「いや、構いません。私も聞きたい。陛下、フェザード卿、続けて下さい」
レザン侯爵の言葉に陛下も頷いた。
「ありがとうございます。捕らえた者達から依頼主の名を聞き出したところ、彼等はある方の名前をあげました」
レオン様は真っ青になったディロン伯爵に向けて、氷の上に降る雪のように冷たく静かな声で問う。
「ディロン伯爵、貴方が刺客を雇いエレノア嬢の命を狙いましたね?」
「……」
ディロン伯爵は声もなく立ちすくんでいる。
キルデベルト様が口を開いた。
「伯爵、残念だが拘束させてもらう」
その途端、広間の外に控えていた騎士達がばらばらと入って来る。広間の人々が、何事が起こったのかとざわめく。
「ディロン伯爵を捕らえよ!」
キルデベルト様の声に、屈強な騎士達が伯爵を両脇から抱えるように捕らえた。伯爵はうなだれて連行されて行く。
「我が屋敷で捕らえている者達も後程王宮の牢へ移送致します」
「そうしてくれ」
「令嬢を殺害せんとした理由は追々裁判で明らかになるだろう。おそらくは保身の為であるとは思うが」
陛下の言葉にレザン侯爵も頷く。
騒ぎに動揺する会場の人々に向けて、陛下が気にしないようにと声を掛けて、再び広間は落ち着きを取り戻した。
あちらこちらでひそひそと話す声は聞こえるが、特に何事もなかったかのように音楽も流れてくる。それを見届けて、陛下は私の方を向いた。
「エレノア嬢、そなたが本当に前ディロン伯爵の娘であると確認が取れたら、爵位の返還のことについても話をしよう」
「……ありがとうございます」
私は深々と頭を下げた。
これでひとまず私の身の安全は確保できたのだろうか。
でも……正直、爵位は要らない。
領地貰っても経営出来ないし。
こっそり隣を見ると、レオン様が気付いて私を見る。
その顔は先程までの冷たい表情は消えて、いつもの優しい笑顔だった。
陛下の御前を退いて、私達は広間の奥のホールへ向かった。
旦那様……ランファール伯爵とキルデベルト様も一緒だ。
バルコニーへ向かう大きな掃き出し窓の隣で、私達は踊っている人達を見ながら話し始めた。
「ノア、黙っていてすまなかった」
旦那様が私に向けて頭を下げる。
私は慌てて旦那様を止めた。
「旦那様、やめてください。私こそ、これまで匿っていただいてお礼を言わないといけないのに」
「いや、もっと早く真実を伝えていても良かったのだ。それに、ソフィアにも言っていなかったせいで、お前を危険な目に遭わせてしまった。生誕祭に一緒に連れて行くなど……」
「でもレオン様のおかげで無事でしたし」
「ああ、フェザード侯爵には礼を言わねばならない」
旦那様の視線に、レオン様は黙って笑みを浮かべた。
「旦那様は私の両親とお知り合いだったのですか?」
陛下に向かって旦那様は、前ディロン伯爵とは親友だったと言っていた。
旦那様はその質問に頷き答えた。
「彼とは同志だった。同じ王太子殿下にお仕えする者としてだけでなく、親しい友でもあった。あの当時は派閥争いが激しい時期でもあったから、あまり表面上ベタベタはしていなかったんだが。それでも彼の仕事のことはよく相談を受けていた」
そう言って、少しだけ言葉を切る。
そして思い起こすようにまた話し始めた。
「前ディロン伯爵は王太子殿下の暗殺を企てた犯人を追っていたんだ。その証拠を掴んだという連絡を受けて間もなく、あの事故が起こった」
キルデベルト様が厳しい顔付きで言った。
「事故に見せかけて前ディロン伯爵夫妻を暗殺したのも、おそらく君の叔父だろう。だが、彼は爵位を餌に使われただけで、本当の黒幕は別にいるんだよ」
「……」
と、いうことは、まだまだ終わっていないということですね?
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