第17話 叔父様は感じが悪いです

「ディロン伯爵の……?」


 王妃様の隣に立つのはクレマン宰相だ。この白髪の髭もじゃの顔は、生誕祭でも見たので私も記憶している。

 確か王妃様のお父上のはず。


 王妃様にはなかなか子供が生まれず、キルデベルト様は側妃様の子供だ。王妃様にはキルデベルト様の五歳下の王女様がいるだけ。

 でもキルデベルト様のお母上である側妃様は、彼の妹君である第二王女様をお生みになってから身体を壊し、お亡くなりになられている。


 王様と王妃様の仲は睦まじいと言われつつも、後継やなんやのビミョーなあれこれのせいで宮殿内の勢力図が複雑になっている、とこの間レオン様から教えていただいた。


 王弟派の貴族と目されているのは、王妃の父であるクレマン宰相と王弟の妃の兄であるザルフィア伯爵、そして元王太子派だったディロン伯爵。


 王弟のリース公爵は爵位を得て臣下に降りているが、基本男性王族が優位のこの国の王位継承権は、キルデベルト王太子殿下に次いで第二位。王太子になにか・・・があれば、次の王は彼だ。

 王妃様は王弟殿下のお妃様と仲が良いらしく、ザルフィア伯爵はクレマン宰相の片腕と言われている。

 レオン様とアルバート様が、叔父様の背後にいると睨んでいたのはこの二人だ。


「ディロン伯爵を呼べ」


 陛下が控えていた侍従に指示する。間もなく侍従に連れられて、一人の中年の貴族紳士がやって来た。

 彼は私とレオン様が並んでいるのを見ると、驚く様子もなくほんの少しだけ眉をひそめた。

……ああ、この人は私を知っている。

 そう直感した。



「御用でしょうか、陛下」


 叔父様……そう言われれば、記憶の中の父様とどことなく似ている気もする。

 黒い髪、榛色の瞳。でも、父様の目はもっと優しい色をしていた。この目の前の男性は、冷酷そうで好きにはなれそうにない。

 そうだ……彼が私を殺そうとしたのだ。



「ディロン伯爵、そなたの姪だという令嬢だ」


 少し小太りの身体を揺すって、彼は陛下にご冗談を、と笑ってみせた。


「陛下、私はこのような女性は見たことがありません。彼女が本当にエレノアだと名乗ったのでしょうか?」


 陛下は顎を撫でながら、ふむと言って頷く。


「そうだ。エレノア・ディロン伯爵令嬢だと名乗った」

「信じられると?」

「確かにこの者はクロエ王女の肖像画に瓜二つ。黄金の瞳を持つクロエの生まれかわりと言われたエレノア嬢、彼女であると言われればもしやと思った」

「他人の空似でございましょう。私の姪はあの事故で兄夫婦と共に亡くなりました。遺体も確認して葬儀も終えておりますゆえ」


 そこでレオン様が静かに口を挟んだ。


「遺体を確認されたとは、本当でしょうか。黒髪の子供の死体を身代わりにした可能性は?遺体の瞳の色は確認されましたか?」

「……そこまでは。すでに死んでいたので」


 ディロン伯爵の顔が歪む。

 背後から私の聞き慣れた声が聞こえた。


「伯爵夫妻があの事故で亡くなられた時、エレノア嬢だけが奇跡的に生き残っていました。前ディロン伯爵は私の親友。不審な点があったため、彼女を私の屋敷で匿っておりました」

「ランファール伯爵……」


 旦那様が胸の前に手を置き国王に軽く頭を下げる。

 そして、顔を上げ厳しい顔付きで奏上した。


「陛下、我が国は女性であれど爵位を継ぐことができます。前ディロン伯爵の直系の子女が生存していたのが判明したのであれば、ディロン伯爵は爵位を彼女に返上するのが筋ではないでしょうか」

「十年も前の事だ!それにあの事故の後、どうしてすぐに名乗り出なかったのだ」


 ディロン伯爵が声を荒げた。

 レオン様が冷たい目で彼を見つめる。


「『名乗り出なかった』のではなく、『名乗り出られなかった』のだとすれば?」

「何だと?」

「あの事故は『事故』ではなかったとすればいかがですか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る