第19話 王女の夢

 夜会から侯爵邸に戻った私は、アニエスさん達に用意してもらったお風呂に入って夜着に着替えた。


「おやすみなさいませ」


 二人がそう言って出て行った部屋の中で、一人ソファーに腰掛ける。

 疲れた。

 でも、まだ眠る気にはなれなかった。


 叔父様はきっと処罰される。でも、私の両親は戻って来ない。

 ぶっちゃけ半分奏の記憶が占領しているせいか、親の仇をとった嬉しさというのも実感がない。ただ少しは報われたのではないかな、と思うくらいだ。


 これで私は地味でも仕事が出来て、地に足のついた生活が送れたら文句はないのだけれど。

 無理だわなあ……

 まずフェザード領に連れて行かれるだろうし、王弟派の貴族がどう動いてくるかもわからない。


 全てが解決したら、私はどうするんだろうか。神殿とやらで過ごすのだろうか。

 レオン様は……?


 私は部屋の壁を見た。彼は今夜もこの向こうで私を見守っているのだろうか。

 ルゲルタの聖女…………

 彼にとって、聖女とは一体何なんだろう。聖女が従えるという獅子の魔獣は、どういう生き物なんだろう。


 私はそう考えながら目を閉じて、そのままソファーにこてんと倒れた。




     *********




『クロエ』


 誰かが〈私〉を呼ぶ。

 振り返る私の目に金色の髪の青年がうつる。


『どうしたの?』

『会いに来たらおかしい?』

『そうじゃないけど、その姿だから珍しくて』


 彼は普段、自分以外の人間に姿を見せることを嫌う。人が多い昼間の神殿に現れることも少ない。


『この間のご褒美が欲しくて』

『侯爵様に依頼された件?貴方にはネズミ退治くらいのことでしょう?』

『ケルベロスはネズミじゃない』

『ふふ、貴方にとっては、よ』


 彼がゆっくり私の手を引き、その両腕の中に閉じ込める。頬に唇を寄せて息を吸うのがくすぐったくて、私はくすくすと笑った。


『ずっとそばにいられたらいいのに』

『私を連れて行く?』

『クロエに無理はさせたくない』

『自分のことくらい自分でするわよ』

『王女のくせに』

『信用しないのね。元は一人で暮らしていたわ』

『あそことここは違う』


 もう、と言いかけて私はそれ以上話せなくなった。

 漆黒の瞳が私を捕らえ、唇を塞がれる。その包まれるような温もりに、私はそっと目を閉じた。




     *********




 寒い。


 そう感じた時、ふわりと身体が浮いた。温かいものに包まれて抱き上げられている。そう気付いて目を開けると、レオン様が私を抱き抱えていた。


「え?わっ!」


 すたすたとベッドに連れて行かれる。

 そっと下ろされて、布団をかぶせられた。


「こんなに冷たくなって。風邪をひく」


 夢?

 私、いつのまにか寝ていたんだ。


 変な夢。

 まるで白昼夢のような生々しい夢だった。


 クロエ王女と一緒にいたのはレオン様だった。王女とレオン様が恋人同士の夢。

 そんなはずはない。

 クロエ王女は百年ほど前の人だと聞いた。でも、なんだかとてもはっきりとしすぎて、まだ現実との境目があいまいな気分だ。


「どうした?」


 じーっと顔を見ていた私に、レオン様が尋ねる。さっきまで恋人同士だった夢を見たせいか、不思議とこの人間離れした綺麗な顔を見ていても照れない。もしかしたらまだ半分寝ているのかもしれない。



「夢を見ていました………私がクロエ王女になっていて………」


 そう言うと、彼の漆黒の瞳が見開いた。


「それで?」

「レオン様とよく似た人と一緒にいました」

「何をしていた?」

「神殿の庭で抱き合ってキスを………」


 そこまで言って、正気に戻った。

 あわわ、私何言ってんの。

 まるで私が欲求不満なのを告白してるみたいじゃん!


 焦ってぶんぶん首を横に振っていると、レオン様の両手が私の頬を優しく挟んで止めた。ほんの少し上を向かされて、それから彼がかがみ込む。

 気がつくと彼の顔が目の前に来て、唇に温かいものが触れた。


「……………!!」


 驚いている間に口を開かれ舌が中にすべりこんでくる。

 うむむ………

 こ、これはいわゆるベロチューというやつでは!?

 こんな恋人同士のする高度なキスは、本の中では書いてるけど自分がするのは初めてだ。息が苦しいけど、なんだか気持ちよくて頭がボーッとしてくる。


 やっと解放された私はぽすんと彼の胸に倒れ込んだ。

 さ、酸欠よ、酸素が欲しい。

 はふはふ言っていると、もたれかかっているレオン様の肩がふるえた。


「やっと嫌がらなくなった」


 嫌がるヒマなかったし!

 そう言いたかったけど、その声がとても嬉しそうだったので私は何も言えなくなった。なんでかわからないけど、きっと彼には私が必要なんだ。

 彼が私にとって、いつの間にか離れがたい人になったように。

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