第20話 魔女って言われているようです

 レオン様の婚約者になって一週間、あの夜会の後から私の元には色々な人から招待状が届くようになった。その大抵は私と同年代の貴族令嬢のお茶会サロンだ。

 ソフィアお嬢様経由でのお誘いで、ランファール伯爵家は王太子派なので集まる令嬢達も私にとって危険はないらしい。


 が、しかし!

 ずっと侍女をしていた私のこと、今更そんなウフフおほほと笑い合うお上品なお茶会サロンに行って、何の話が出来るというのか。給仕をしろというなら喜んでやるけれど、流行りのドレスや貴族の噂話なんぞなんの興味もない。全部お断りしていたら、お嬢様がやって来た。


「ノア、どうして出席しないの?せっかく誘ってくださってるのに」


 あのですね、お嬢様……。


「私はまだ叔父様から爵位を戻して貰ってませんし、今はただの平民の女です。それにずっと侍女やってたんですよ?そんな高貴な方々のお話についていけるほど、まだ教育されておりません」


 そうなのだ。

 あの晩餐会以降もマナーなどの特訓は続けてもらっているが、いかんせん十年の空白は大きい。

 もともと私は外向きの仕事は任されてなかったので、伯爵家主催のお茶会サロンも手伝ったことがない。そういうのはベテランの侍女長のお役目だったのだ。だから令嬢達の世間話では、どんな話題が出てくるのかもいまいち知らない。


「もう、ノアったら。貴女は侯爵様の婚約者じゃない。そんな気負った場じゃないから大丈夫よ」

「お嬢様は気負わなくても、私は緊張して貝になりますよ。それに婚約したのはレオン様の作戦です」

「それよ。もう噂が広がってきているわ。前ディロン伯爵とフェザード侯爵の事故が、馬車に細工がされていたのではないかという話よ」


 やはり社交界でもその話が広がってきているらしい。叔父様が捕まっているし、やっぱり皆も感じるところがあるだろう。噂好きな貴族達には恰好の話題だ。

 父様とフェザード侯爵が王太子派だったというのは、あえて言うまでもない公然の事だったようだし、彼等が狙われたとなれば疑われるのは王弟派と目される人達だ。


「リース公爵様をはばかって、あまり表立っては言わないのだけれど、個人のサロンとかでは噂が広がっているわ」

「少しは牽制できているでしょうか」


 このまま大人しくしていてくれれば助かるんだけど。


「お兄様は今は議会も王太子派が優位を保っているから静観するって言っているわ。ディロン伯爵が裁判でどう証言するかが問題ね」


 では私が迂闊に話すわけにはいかない。いくら若い令嬢達だけのお茶会とはいえ、当事者の一人である私が証拠もなく口を滑らせれば、かえって足をすくわれるかもしれない。


「お嬢様、叔父様の件が落ち着くまで私は動かない方がよくないですか?」


 そう言うと、ソフィアお嬢様はふるふると首を横に振った。


「それが、おかしな噂が流れているの」

「おかしな噂?」

「貴女が魔獣を操っているという噂よ。だから出席しなさいって言ってるの」

「魔獣?」


 なんでそんな突拍子もない噂がでるの?

 王都の近辺で魔獣が出ることはまずない。そんなことがあれば王宮の騎士団が大慌てで討伐隊を組むはずだ。


「貴女はクロエ王女に生き写しだっていうでしょう?王女は魔獣を操る魔女として、王宮を追放されたらしいの。王女の生まれ変わりの貴女がそれを恨んで王宮を狙っているって」


 なんじゃそれ!

 いきなり聖女から魔女ですか。


「レオン様が爵位を継いで王都に来られた頃から、夜間に魔獣を見たと言う話がちらほら出ていたの。王都に魔獣が出るはずないし、被害もないからただの噂ですんでいたんだけど、貴女が現れてクロエ王女の呪いだって話が広がっているのよ」

「お嬢様、噂になっているのはどんな魔獣なんです?」


 私はまだ神殿に行っていない。だからまだ獅子の魔獣とは契約していない。

 なので、王都ここで目撃されているのは、フェザードの獅子ではないはずだ。

 だけど……。


「目撃されているのは、黄金の獅子の魔獣だという噂よ」

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