第21話 聖女と契約

 ソフィアお嬢様は明後日のお茶会サロンは迎えに来るから、と念を押して帰った。


 それにしても、本当に魔獣が出たわけではないと思うのだけど、獅子というのが引っかかる。クロエ王女が獅子を従えていたのを、王都の人間が知っていたということなのだろうけど、聖女の事は秘密だと聞いていたので意外だった。


 夕食の時にはいつもレオン様は帰宅していない。王宮での仕事と、例の件で色々とまだ調査が続いているようだ。ようやく帰宅されたのは、私が就寝しようかという時間だった。


 帰宅したことをアニエスさんから教えてもらって、レオン様のところに向かう。彼は書斎でまだ書類を整理しているところだった。


「レオン様」


 私が声をかけると、ふわりとした微笑みが返ってくる。


「ノア、まだ起きていたのか?」

「はい」

「その様子では何か用事があるみたいだが」

「ソフィアお嬢様にお茶会サロンのお誘いを受けました。リューベル伯爵の御令嬢の主催と聞いていますが、行っても良いですか?」

「リューベル伯爵なら大丈夫だろう。ランファール伯爵の親しい友人だから」


 と、そこでレオン様は手を止めて、私の方へ歩いてきた。


「他にも何かありそうな顔をしている。何か気になる事でも?」

「魔獣が目撃されているという噂を聞きました。クロエ王女の呪いだと」

「ああ、知っている。馬車の事故の噂を消そうとしているみたいだ。相手も裁判が近付いて焦ってきたかな」

「叔父様はどうなるのです?」

「……君への殺人未遂だけなら領地没収と追放、かな。馬車の事故まで証言がとれれば処刑だろう。裏で手を引いた人間の名前を聞き出す為、幽閉して尋問しているが、彼も命が掛かっている。難しいだろうな」


 レオン様はそう言って、私の顔を覗き込んだ。


「どうした?ほっとして見える」

「さすがに人の命を奪う事になるかもと聞けば」


 実際に手を下したのが叔父様だとしても、彼もまた操られていたのだとすれば、死刑の判断を奏の意識が拒絶する。

 だけど、レオン様ははっきりと私の甘さを否定した。


「自分の欲の為に君の命を二度も狙ったんだ。生かしておく必要はない」


 強い決意のようなものを感じて、私は彼の顔を見つめる。


「どうした?」

「ルゲルタの聖女だから……?」

「なに?」

「私が魔獣との契約に必要だから?」


 何故かこの質問を口にしていた。少し前からずっと引っかかっていた、この疑問を。

……違うと聞きたい。


 私の視線を受け止めて、彼はふうと息を吐いて漆黒の瞳を閉じた。


「君はひどいな。私のことを忘れるなんて」


 肯定でも否定でもない返答に、私は焦れて彼に詰め寄る。


「どうして私を知っているんです?いつ?私はどこで貴方と会っているんです?」


 私と彼の間に何があった?私が記憶する限り、エレノアである私がまだ伯爵家の娘だった頃も、私は彼と出会ったことはない。

 それなのに、何故?



 はじめは逃げようと思った。

 誰かと勘違いしているだけだと思って。

 次に聖女だから大事にしているんだと理解した。領地を守るために必要だからだと。

 でも彼と話すうちに、私の中でそれに満足していない自分がいる事に気がついた。


 彼は私に誰を見ているの?彼が本当に求めている相手は、私ではないかもしれない。

 そうだとしたら、私は……?



 レオン様は瞑っていた目を開け、私の唇に指をあてて言葉を遮った。


「思い出すまで教えないと言ったはずだよ」

「でも……」

「嫌なら思い出すんだ」

「意地悪!教えて下さるまで口をききません」


 ぷいとそっぽを向く私に軽く苦笑して、彼は私に言った。


「『聖女』というのはフェザードの領主がその昔、領民を納得させる為に言い始めただけだ。契約の刻印はもう既に刻まれている。ずっとずっと昔に」


 唇を軽くついばんで、彼はゾクゾクするような甘い声で私の耳元に囁く。


「だから『私』は永遠に君のものだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る