第15話 宣戦布告しに行きます
あれからひと月ほど経って、私は馬車に乗りフェザード侯爵邸を後にした。向かう先は国王陛下の生誕祭の時と同じく王宮だ。
このひと月、私は伯爵令嬢としておかしくないように、ダンスやマナーのレッスンをしていた。
まあ大体はソフィアお嬢様に付き合って一緒にやっていたから知っているんだけど、知っているのと実際にやるのとでは違う。数多の王侯貴族の前でも恥ずかしくない振る舞いが出来るようにしないといけない。
そして今夜、王太子妃様主催の晩餐会が行われる。表向きは王太子妃様の里であるレザン領から、父君であるレザン侯爵が王都にいらしたその歓迎の為とされている。
もちろんフェザード侯爵とランファール伯爵が、裏から王太子キルデベルト様に依頼をしたのだ。
国王陛下、王妃様並びに王女様方、公爵等王族の皆様が勢揃いする。有力な貴族達も揃って参じるだろう。
そんな中、私はレオン様と共に陛下に拝謁するのだ。フェザード侯爵の婚約者、エレノア・ディロン伯爵令嬢として。
そして、これが私の両親、そしてレオン様のご両親を殺した者達への宣戦布告となる。
馬車の中の私はこれから戦場に向かうくらいの心地だった。
「ノア、今日は本当に綺麗だ」
ガチガチにこわばる私に向かって、レオン様がいつものように甘い言葉を投げかける。
「ドレスも私が見立てたとおり、よく似合ってる」
金糸で細かい模様を縫い込んだ、フリルの重なった黄色のドレスはとても綺麗だ。これはレオン様の髪の色に合わせたもので、黒い夜会服の彼と私は対の色合いになっている。婚約発表にはもってこいな衣装だ。
確かにゴージャスで綺麗だとは思うけど……。
この人、なんで普段通りなの?
レオン様は、アニエスさんに気合を入れて結い上げられた私の髪にそっと触れて、たらした髪の一筋を手に取り口付けた。
「こんなに綺麗だと婚約じゃなくて、結婚の報告がしたいな」
「…………」
しっとりと濡れたような黒い瞳が、さらりと頬にかかる金髪の間から私を見上げる。
ちょっと、今はそれどころじゃないと思うんですけど。なんで私を口説いてるんだろう。
第一、婚約も
無言でじっと顔を見つめてやると、レオン様は『あはは』と声をあげて笑った。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。私達に任せて。君に危険が及ぶような事にはならないから」
「信頼しております。ですが、私がぽっと出て、ディロン伯爵家の生き残りであると信じてもらえるでしょうか」
「ランファール伯爵が証言する事になっているから大丈夫。君の金の瞳は特別だって言っただろう?」
金色の瞳……。
エレノアが黒髪に珍しい金の瞳をしていた事は、亡くなった父・前ディロン伯爵を知る人ならば知っている事なのだそうだ。
「王宮にある肖像画の中に、君と同じ金の瞳の王女の絵がある。その王女とエレノアがそっくりだと噂になっていたからね。彼女もルゲルタの聖女だった」
レオン様がそう言ったとき、馬車が静かに止まった。
「着いたようだ」
王宮に到着した。
さあ、いよいよだ。
先に馬車を降りたレオン様が、私に向けて手を差し伸べる。私は震える指先を彼の手のひらの上に置いた。
「このひと月、頑張って特訓したのだから堂々としていればいいんだよ。もう君はどこから見ても非の打ち所がない淑女だ」
彼はそう言って、こんな時でなければうっとりと見惚れていたであろう、美しい笑顔で私をエスコートする。
そして宮殿の方へ目をやった彼は、ガラリとその表情を変えた。漆黒の瞳が暗い炎をたたえ、その横顔には冷たい笑みが浮かんでいる。冴えわたる氷のような空気を漂わせて、彼は低く呟いた。
「私の姫を苦しめた者達は、そろそろ報いを受けるべきではないかな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます