第10話 刺客に狙われました

 うつらうつらと眠る夢の中で、私は奏だった頃に戻る。八歳の時からたまに見ていたけど、この頃こういう夢が多い。


 夢の中で私は東京で気ままに一人暮らしをしている。いつものように会社に行って仕事して、ちょっと残業になって疲れて電車に揺られている。

 そんな夢だ。


 駅に着いて出口のすぐそばのコンビニで買い物して、住んでいるアパートに帰る。玄関を開けると中から猫が出てきて足元に擦り寄った。


『ちょっと待ってね。すぐご飯にするから』


 あまりキャットフードを好まない猫の為に、鶏肉にレタスを少し入れて出してやる。カツカツとすぐに平らげるのを見ながら、私はチーズとビールで一休みだ。

 食べ終わった猫がチーズをねだるので口に入れてやると、ニャアと言って目を細めた。


『お風呂入る?』


 猫に聞いても答えるわけないが、この猫はなんとお風呂好きなのだ。そう尋くと浴室にトコトコついて来た。


『ほんとにあんたは変なねー』


 身体を洗ってやって湯船に抱いて入ると、猫は気持ちよさそうに目を閉じている。

 その姿が妙に人間臭くてちょっと笑った。

 癒されるわー。


 風呂上がりにタオルに包んでやって、私はコンビニのお弁当をつつきながらタブレットを見る。書きかけの小説の続きを書いていると、猫が画面を覗き込んでくる。


『なあに?遊んでほしいの?』


 黒い瞳が何かを訴えるように真っ直ぐに私を見つめる。やわらかい肉球がぷにぷにと私の頬を押した。

 ニャアと鳴くように開いた口から聞こえたのは、別の言葉だった。


 オキロ……。




     *********




 急速に意識が浮上する。


 真っ暗な闇の中で何かが動き、布の擦れるかすかな音が聞こえる。

 私は布団の中で目を開いた。


(誰かいる)


 カーテンが揺れている。

 閉まっていたはずの窓が開き、風の音が聞こえる。


 窓を背にした誰かの影が床に伸びる。

 一つ……。

 二つ……。

 三つ?


 彼等の手に持っている何かが白く光った。


(刃物!!)


 息をのみ、飛び起きて逃げようとする私に気付いた彼等が、一斉にこちらへ飛びつこうとする。


 が、その時、バンッと大きな音がして、部屋の中に飛び込んで来た人物がいた。


 侵入者達は驚いて、その手に持つナイフを構える。

 扉から駆け込んだ人物は、闇の中で迷いなく武器を持つ彼等に向かって飛び掛かった。


「うわっ!」

「ギャッ!」


 ドスッと音がして、瞬く間に二人を殴り倒す。そして彼は床にカランと落ちたナイフを拾い上げ、身を翻して窓から逃げようとした最後の一人の背中に投げつけた。


「……ッ!」


 ナイフは首の後ろに突き立ち、侵入者はバルコニーの手すりから下へ落ちていく。

 本当に瞬く間のことだった。



 ベッドの端で身をかたくする私に近付き、私を守ってくれた人は優しく声を掛けた。


「姫、もう大丈夫だ」


 レオン様!

 広げられた両腕に、思わず抱きつく。


 怖かった……

 この人達は一体何なのだろう。

 あのナイフは何の目的で持っていたの?


「旦那様!ノア様!大丈夫ですか?」

「一体何事です!」


 騒ぎを聞きつけた侯爵家の護衛騎士達が駆けつけて来た。


「もう始末した。この床の二人を地下牢へ連れて行って誰の指示か吐かせろ。それと窓の外にもう一人落ちている。片付けておけ」

「はい!」


 パタパタと足音をたてて騎士達が走ってゆく。倒れている二人の男達を、別の騎士達が抱えて連れて行った。


「ノア様、ご無事で良かった」


 アニエスさんも駆けつけて来て、レオン様からようやく離れた私の肩にショールを掛け、ソファーに座らせてくれる。すぐにリリアーナさんが暖かいお茶を持って来て飲ませてくれた。


「彼等は一体……」


 アニエスさんがレオン様に尋く。


「ノアを狙った刺客だろう。誰が寄越したか予想はついている」

「旦那様、刺客って、ノア様がなぜ狙われなくてはならないのです?」


 リリアーナさんも尋ねた。

 私も知りたい。どうしてただの侍女だった私に向けて刺客を放つ必要があるというの?


「陛下の生誕祭にいた者の中に、ノアの素性に気付いた者がいたのだろう」

「素性?」

「バルフォア卿が腹違いの妹だと噂を流してくれたが、やはり気付かれたようだ」


 素性……私の生まれ?

 私の両親は……。


 レオン様は私の手を握って、大丈夫だ、と微笑んだ。

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