第11話 王弟派と王太子派

 生誕祭で私を見た者が気付いた。

 私の素性を……?


「ノア、君の両親は事故で亡くなったのではない。馬車に細工をされていたんだ」


 十年前の事故。

 私達が崖から落ちたあの思い出したくもない悲しい事故が、誰かによって仕組まれたものだった?


「殺されたの……?」


 レオン様は沈痛な面持ちで頷いた。


「君の金色の目はすごく目立つ。あの会場で遠くから君に見とれていた男達はちらほらいたけど、それよりも危険な人物がいたんだ。君の両親を事故に見せかけて死に追いやった犯人が」

「生誕祭の会場に?」

「あの時、君は気付いていなかっただろうけど、君のことを疑うように近付く人物が見えた。だから、わざと目立つように君の前に膝をついた」

「みんなの注目を集めて、手を出せないように?」

「そうだ」


 彼はあまり伝えたくはなかったのだけど、と私の頬を撫でた。

 彼の指が濡れているのが見えて、それで私は自分が涙を流していた事を知った。


「どうして私を狙うのですか?」

「君があの事件の生き残りだから。君が生きていると困る人物がいる。ノア、君の両親を裏切ったのは君の叔父だ」


 叔父さん?

 私の記憶の中に亡くなった祖父母はいたが、両親の兄弟の姿はない。いたのかもしれないが、私には会ったという記憶がなかった。


「私に叔父がいるとは知りませんでした」


 そもそも両親が死んで、私は天涯孤独になったのでランファール伯爵家に住み込むことになったのだから。

 祝宴会場は招待客とその付き添いしか入れないはず。だとすれば、必然的にその犯人は貴族とその関係者だ。


「君の叔父は王弟派の貴族だよ。フェザードもランファールも王太子派なんだ。君の両親もね。同じ手法でフェザード侯爵夫妻も殺された」


 聞き慣れぬ言葉が出てきて私は戸惑った。

 王弟派?王太子派?

 いきなり政治的な話が出てきた。


 今の王様には歳の離れた弟、リース公爵が居られる。王太子様はこの国唯一の王子であるキルデベルト様だ。ただの侍女である私が知っているのはそのくらい。

 そのお二人の派閥争いがそんな何年も前から続いているの?殺人が行われるような争いって、誰が?お二人が起こしているのだろうか。

 ていうか、私の両親とレオン様の両親は、同じ人物に殺されたという事?


「君が生きている事がわかれば、狙われるかもしれない事はわかっていた。あのままランファール伯爵家に置いておくのは避けたかったんだ」


 だから強引に連れて来た、と彼は私に告げた。攫うようにして連れて来たのにはそういう理由があったのか。


「本当は君を守る為に夜も一緒にいたかったんだが、さすがに嫌そうだったから近くで見守ることにしたんだ」

「近く?」

「隣」


 レオン様は壁の向こうを指差した。隣室は彼の部屋だったらしい。

 昼間は王宮に出て忙しいのに、夜も隣で警戒してくれていたなんて。


「さあ、私は隣に戻るからもう少し眠るといい。まだ朝までは時間がある。こんなことがあったら眠れないかもしれないが」


 うん、到底眠れそうにない。

 刺客に狙われたのもショックだけど、その理由がもっと衝撃で。両親は事故で死んだと思っていたらそうじゃなくて、犯人は叔父さんだという。

 しかもその叔父さんは王弟派の貴族?私の両親は王太子派?アルバート様もどうやら知っていたみたいな感じだ。

 私は一体……。


 うつむいて考えていると、不意にソファーからすくい上げられた。


「え!?」


 目の前にレオン様の漆黒の瞳がある。私はまた彼の両腕に抱き上げられていた。

 いつのまにかアニエスさん達は出て行ったようで、部屋の中には私達だけだ。


「レ、レオン様っ」

「いい子だから寝るんだ」


 そう言って、ベッドへと運ばれる。


「眠れないならまた添い寝しようか?」


 ゾクゾクするような甘い声色でそう耳元に囁いてくる。


「レオン様!からかっているでしょう!」


 布団の上に降ろされながらそう抗議の声をあげると、彼はやれやれと首を振った。


「私はいつでも本気なんだが……寝付くまで抱いていてあげるから、おやすみ」


 そう言って、ぎゅっと私を抱いて布団をかぶせた。

 こ、こんなので寝られるかっ!

 身を固くして逃れようとジタバタするけど、レオン様はがっしりと私を捕まえていて離してくれない。そのうちに私も諦めて、仕方なく彼の腕にもたれて身をまかせた。


「いい子だ」


 大人しくなった私の頭の上から満足そうな声が聞こえた。

 うう、ドキドキして寝られるわけない。

 そう思ったのだけど、温かい人肌に包まれると思ったよりもすごく安心してしまって、いつのまにか私の意識は霞に包まれていった。

 なんか負けた気がする……。

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