第4話 レオの気遣い
西の森は昔から薬草が多く生えている。それもけっこう珍しいものがあるので、歴代聖女になるたび私はよく採取に行っていた。
治療院の庭にも薬草園があるのだけれど、そこだけではやっぱり足りないので、交易の商人から買い付けたり森に採りに行ったりしているのだ。
ちょうど薬草が減ってきているそうで、治療院の医務官をしているグラッドさんとジェフさんが薬草の採取に行くという。久しぶりで面白そうだったので、ついでに私も一緒に行かせてもらうことにした。
リリアーナさんからその事を聞いたフォンゼルさんが、護衛のため騎士団の人を二人連れて行くように言って、五人で森へ行くことになった。
森の中は青々と草木がしげり、遠くで鳥のさえずりが聞こえてきたりして空気も清々しい気がする。
ノアになってからは初めてだけど、百年経ってもあまり景色が変わらないのは、誰かが森の手入れをしてくれているからだろう。倒れた木を短く切ったり、歩きやすいように草を刈った形跡もある。
たったかたったか進んで行く私の後ろから、一緒に来たジェフさんが背中の籠を揺らしながら追いかけて来る。グラッドさんはゼーハー息を切らして、騎士の人達に両脇を抱えられてついてきていた。
「聖女様、お待ちください。目印をつけながら進まないと迷ってしまいます」
「大丈夫、大丈夫」
何百年も通った森よ。多少道が変わっていても、方向さえわかっていれば迷いはしないわ。
「でも、ずいぶん深くまで来ましたよ」
「僕らもこんな奥までは来たことがないです」
「そうなの?しんどそうだからここで待っていてくれていいですよ。私一人でも探してこれるから」
鍛えている騎士の二人は全く問題なさそうだが、神殿の二人はどうも体力に難ありのようだ。
「聖女様、この森も危険がないわけではないんですよ」
騎士のアルドリックさんが座り込んだグラッドさんに水を飲ませながら言う。ジェフさんも摘んだ薬草の籠が重いのか、やれやれと籠を下ろして汗を拭いていた。
「もうちょっとだけ先に行きたいんです」
「では俺がついて行きますよ」
もう一人の騎士のカーティスさんが私についてきてくれることになった。
「聖女様、無茶苦茶体力ありません?」
「魔力で体力を補えるんです」
「へえ、便利ですね」
「でしょ?」
軽口をたたきながらてくてく進む。
「昔はこの辺に水辺があって、薬草もたくさん生えていたんだけど……あった!」
木の少なくなった日当たりの良い場所に、白い小花を咲かせた膝丈ほどの草が群生している。
りんごに似た芳香を持つカモミールだ。炎症を抑える成分を含んでいて、精油を抽出すると青いアズレンという薬になる。胃薬や塗り薬、うがい薬など色々使い勝手が良い。花はハーブティーにすると、婦人病や不眠にも効果がある。
私はその小さな花をたくさん摘んで布に包んで籠に入れた。
カモミールの花畑を抜けると木々の隙間から森が開けて、小さな泉が湧いているのが見えた。私は小走りに水辺に近づく。
泉の岸辺には思った通り、クレソンがたくさん生えていた。水に手を入れて採取する。野菜として食べても良いけれど、咳が出やすい人に粉にして飲んでもらうのもいい。
「聖女様、これ薬草っぽいですけど何ですか?」
「あ、それ触っちゃダメなやつ。毒ゼリです。ナス科とセリ科の植物は毒も多いから気をつけて」
「ヒエッ」
その近くの草むらに白いブドウ状の花を咲かせているのは、去痰薬になるヒロハセネガだ。土を掘って根を採取する。酒精で抽出してシロップにするのだ。風邪の時に重宝するのよね。
カーティスさんも手伝ってくれたので、さほど時間もかからずに数種類の薬草を採取できた私は、ほくほく顔で立ち上がった。
以前、薬草園に植えていたルバーブも無くなっていたなあ。どこかにないかな。茎は食べられるし、根は下剤として使える。
キョロキョロしていると、急にカーティスさんが私の腕をひいた。
「聖女様!」
危険を知らせる声に身をすくめると、カーティスさんが私を守るように背中へ誘導する。
「獣の声がしました。たぶん……魔獣です」
スラリと腰の剣を抜いて構える。私も魔法で援護しようと彼の見ている方向を向く。
木々が立ち並ぶ森の奥には何もいない。でも確かに何か生き物の気配と、ガサガサと葉が擦れる音がする。
その音はゆっくりとこちらに近づいていた。
「カーティスさん、この森最近はどんな魔獣が出ます?」
「小型の
「あの草の揺れる感じ、小型じゃないですよ」
「ですね。
目の前の木の間に動くものが見えた。
うそ……すごく大きい影。
どうしよう、あんまり強い魔獣だと私の魔法でも倒せないかもしれない。
思わずカーティスさんの服の裾を握る。
カーティスさんが戦う体勢をとりながら言う。
「聖女様……俺があれに向かって行った瞬間に、後ろに走ってください。アルドリック達に合流して森を出るんです」
ダメ、そんな事は出来ない。
そう言おうとして前方に姿を現した魔獣の姿を見た私は、走ろうとしたカーティスさんの服を思い切り引っ張る。
「待って!」
キラキラと輝くたてがみに黄金の身体、そして黒曜石のような漆黒の瞳の獅子の魔獣。
その巨体にそぐわぬ身軽さでジャンプした金色の獣が、ふんわりと目の前に降りた。
「レオ?」
美しい神の獣・金獅子レオに間違いない。
なんでここに?
そう言えばフォンゼルさんが騎士団と森の視察に行ったと言っていたのを思い出す。
森って、
レオは首を振ってこちらへ来るように私に促した。呼ばれるままに近付くと、グルルと喉を鳴らしてレオは私の頬に鼻をよせる。フワフワのたてがみを撫でると、私にしか聞こえない程の小さな声で囁いた。
『この泉は動物達の水飲み場だ。魔獣も時々現れる。気を付けるんだよ』
「ありがとう。どうしてここに?」
『近くまで来たから見に来ただけだ』
「
『この辺の魔獣は追い払っているからゆっくりするといい』
そう言って後ろのカーティスさんを一瞥すると、ひらりと身を翻して行ってしまった。
「聖女様、今のが?」
「ルゲルタの従獣・金獅子レオ。フェザードの守り神です」
「俺、初めて本物を見ました。すっげーかっけー」
カーティスさんがすっかり少年に戻っているわ。多分毎日見てるはずだけど、目をキラキラさせて彼の消えた方向を見ている。
彼がわざわざ獅子になって姿を見せたのは、聖女が既に獅子と契約を交わした事を示す為。これまで基本的に人前に本来の姿を見せる事は避けていたのに。
全く……彼には敵わない。
「本当にかっこいいんだから」
「聖女様、レオン団長にはそれ言っちゃダメですよ。神獣が相手でも絶対ヤキモチやくんで」
心の底からそう言った私に、カーティスさんは真面目な顔で忠告した。
*********
「クロエ様、ドレスをお持ちしましたが、これをどうされるのです?」
ベルが頼んでいたメラネシア王妃のドレスを抱えている。
「そこに置いてくれる?」
「どうなさるのですか?」
「祝賀会までに手直ししようと思っているの」
「クロエ様がですか?」
「そうよ」
ギョッとしているベルを尻目に、ドレスを手に取り調べる。
生地は最高に良い。手入れもきちんとされていて痛みもない。これならデザインを今風に少し縫い直せばどうにかなりそうだ。
過去の私の一人『シェリル』は城下でお針子をしていた。その頃作っていたドレスはゴシック調で、今のパニエで腰回りをふんわりさせるスタイルとは違うけれど縫製の技術はある。
私は深い紺色のドレスを広げて呟いた。
「陛下は気付かれるかしら」
これがお母様の着ていたドレスだと。
いいえ、気付くはずない。父にとって母は初めから邪魔者だったのだから。
だから、もう、私もここを去るのだ。
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