第5話 強さのわけは……

 自室のソファーに腰掛けてドレスの仕立て直しの作業に没頭していると、コンコンと扉を叩く音がした。どうぞ、と声をかけると二人の侍女が入って来る。

 ベルとミーナだ。

 ミーナは私が呼んだのだけれど、ベルはワゴンを押しているところを見ると休憩をうながしに来たみたいだ。気付かないうちにずいぶん長く時間が経っていたようね。

 

「クロエ様、どんなご用事でしょう」

「机の上のものをフェザード侯爵様に届けてほしいの」

「お手紙ですか?いつお呼びになるのですか?ちょうど良い茶葉が手に入ったんですよ」

「いいえ、呼ばないわ」


 ミーナが首を傾げる。まだ王都にいる侯爵を呼び出さずに、手紙だけというのに引っかかったようだ。


「会って話すほどの事ではないのよ。ちょっと祝賀会までにお願いしたいことがあって。よろしくね」

「かしこまりました」

 

 ミーナの後ろ姿を見送って、私は膝の上のドレスに針を刺す。部位ごとに一度解いて、ベルに頼んで測ってもらったサイズに合わせて縫い直しているのだ。ミシンがあれば簡単だけど、シェリルの時に五歳から縫い物をしていたおかげで手縫いも早い。もう少しで出来上がりだ。

 ベルがお茶をいれながら感心したようにため息をつく。

  

「クロエ様、いつの間にこんな技術を身につけられたのですか?」

「暇に任せて刺繍はたくさんしていたでしょう?」

「それにしたってドレスなんて専門の服飾師でないとなかなか縫えません」

「リメイクだけだもの。やり方さえわかればなんとかなるものよ。書庫の本を借りれたから良かったわ」


 本を読んだだけで出来るもの?とベルは納得がいかないようだけど、かまわず私はお茶の入ったティーカップを受け取って口をつける。

 ベルは私が横に置いたドレスを手にとって見ながら、実際の仕上がりを見て認めざるをえないようだった。

 

「お金はないけど時間はあるから。どう?十分着れそうでしょう?」

「十分どころか素晴らしいです。デザインもクロエ様が考えられたのですか?」

「そう。流行りを追った形ばかりではつまらないから、今の流行に少しクラシカルな形を取り入れてみたの」

「このドレスを見た人達の反応が楽しみですわ」

「リナリア王妃?それとも国王陛下?」

「どちらもです」

「そうね。私も楽しみよ。見すぼらしい格好で来ると思っているでしょうから」

 

 ベルがクッと言葉に詰まる。

 

「どうしたの?」

「いえ……この間からクロエ様がなんとなく変わられたので」

「そう?」

「強くなられたというか……」

「私も大人になったのよ。いつまでも親に期待しないことにしたの。無駄でしょう?」


 複雑そうな表情でベルは小さく頷いた。生まれた時から私を見てきた彼女は、私の内面の変化を敏感に感じとっているのだろう。

 単に開き直っただけなのだけど。

 心配してくれるのがありがたくて、私はベルに笑顔で言った。

 

「大丈夫。私は強いの」

 

 奏の時は普通の仲の良い家庭で生まれ育ったが、こっちの世界に来て以降なぜか毎度肉親の縁に薄い人生を送ってきたのだ。

 日本より文明が進んでいない分、病気や事故も多いのだろうけれど半分ほどは早くに親を亡くしてきた。今回は片親だけでも生きているのでマシな方だろう。

 奏の時に親に愛された記憶はずっと私を支えてくれている。今の親に執着しなくても、他にも良い親はたくさんいたからいいのだ。

 そして、私には唯一無二の相手がいる。私の事を誰よりも必要としてくれる『彼』が私を強くする。

 

 フェザード侯爵はもう『彼』と会ったのだろうか。あの金色の獣と。

 私の記憶が戻った今、きっと彼は動き出す。

 

 

 

 

      *********

      

      

 

 

 西の森でレオに会った事は瞬く間に広まって翌日には城中に話が行き渡り、これまでよりなんだか皆の視線が熱くなっている気がした。

 まあ歓迎されているのだからありがたいんだけど……

 

「カーティスさんがみんなに言ったのね」

「ああ、あちこちで吹聴しているようだね」

 

 夜、いつものように小説の続きを書いているところにやってきたレオンに尋ねると、さらりと返事が返ってきた。あちこちで吹聴って、どこまでの『あちこち』なの?

 

「無駄な儀式も必要なくなったし、これで結婚式に専念出来る」

「やっぱりワザとだったのね」

「説明する手間がはぶけていいだろう?」

「そうだけど……」

「それより神官長から報告を受けたんだが、ノア、リブル領を訪問する治療団に同行したいって本当かい?」

「そう、レオンに言おうと思っていたの。変な病気が流行っているらしくて」

 

 三日前、フェザード領の隣のリブル領から神殿の治療院に助けを求める連絡があったのだ。

 リブル領はフェザード侯爵家の親類にあたる家の領地で、そのツテで依頼があったのだという。リブルにも病院を兼ねた薬屋はあるのだけれど、今年は薬草が不作で薬が足りず、そうこうしているうちに病気が広がってしまったらしい。それで薬草をたくさん準備する必要もあって西の森に出かけたんだけど。

 レオンを見ると、なんだか眉間に皺が寄っている。

 

「私が同行出来ない立場なのを知っていて言っているのかい?」


 これまでのレオなら私が行く所へ自由に付いて来て守護してくれていた。けれど、今のレオンは城の主人で、気軽に動けない立場だ。

 

「ほんの一週間だけだし大丈夫よ。神殿のみんなもいるから」

「それでも君が危険でないわけではない」

「お隣さんが困っているんだもの。なにかできるのなら助けてあげたいの」

 

 レオンはじーっと私を見ると、フイッと拗ねたように俯いた。

 

「……仕方ないな」

「レオン?」

 

 覗き込んだ私を彼はぐいっと抱き上げた。両手に抱えられて思わず彼の首にしがみつく。


「私の主は怠惰を嫌う性分で、いつも私を置いて何処かへ行ってしまう。側でくつろげるのは本を書いている時か、抱き潰した翌朝くらいだ」

「な、何を言い出すの」

 

 焦った私の顔を、黒曜石の瞳がじっと見つめた。

 

「一度捨てられた獣を拾ったからには、責任を持って飼ってほしいな」

「『飼う』?」

 

 えっとそれは奏の時のようにってことかしら?でも今のレオンは人間の姿なわけであって、ニャンコのように扱うわけには……


「我等は存外に嫉妬深いんだ。主が一番に考えてくれないと、何をしでかすかわからない」

 

 脅迫?これは脅迫なの?

 狼狽える私の唇にそっと彼のそれが触れる。

 

「車の前に飛び出した奏の姿は今でも覚えている。君がいなくなると私は狂うんだ。忘れないでくれるかな」

 

 主のいない獣は魔獣になってしまう。彼が魔獣に堕ちればどれほどの犠牲が出るのだろう。それを考えると私の責任は重い。

 軽いキスに込められた彼の不安を感じて、私は金の髪を手ですいて撫でた。

 

「私の一番はいつも貴方よ。危ない事はしないわ」

 

 形の良い唇がわずかに笑みを作る。

 

「危なくなったらすぐに呼ぶんだよ」

「わかってる。それにね、レオン知ってるでしょう、私けっこう強いのよ?」


 そういって鼻先に軽くキスすると、彼は少年のように声をあげて笑った。

 

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