第25話 裁判が始まりました
この国の裁判はこんなふうにするんだ。叔父様の裁判が行われるという部屋に入って、私はぐるりと見回して息をついた。
私は被害者という事で前方の席に連れて行かれた。とても緊張する。
その部屋は縦に細長い部屋だった。中央に椅子があり、すでに連れて来られていた叔父様はうなだれて座っている。入り口側にはたくさんの騎士が控えていて、何事かがあった時に備えていた。
部屋の左右は階段状になっており、そこに並べられた椅子に沢山の貴族の男性達が並んでいた。前方には一際高くなった場所があり、そこにキルデベルト様とクレマン宰相の姿が見える。
「リース公爵がいる」
私の隣に座ったアルバート様が、そう囁いて小さく指し示した。右前方、私達のほぼ正面の椅子にがっしりとした黒髪の男性が座っている。
あれが王弟殿下か。歳は三十過ぎくらいだろうか。思ったより若くて男前だわと呟いたら、アルバート様に小突かれた。
リース公爵の隣に座っているのが、彼の妃の兄であるザルフィア伯爵らしい。二人で何やら顔を寄せ合って会話している。ちらりと私達の方を見た気がした。
彼等とは初めて会うはず。なのに何処かで見た気がするのは何故だろう。
小さな違和感に少し気を取られていると、正面の扉が開いて国王陛下が侍従を連れ、教会の大司教と思われる服装の人物と共にゆったりと入ってきた。
「はじめろ」
陛下の朗々とよく通る声が響く。侍従から書類を渡されたクレマン宰相が立ち上がり、書かれた文字を読み上げ始めた。
「ディロン伯爵マティス、貴殿は賊を雇い自身の姪であるエレノア嬢を殺害せんとした。フェザード侯爵家敷地内に侵入し捕らえられた二名の男が、貴殿に雇われたと証言している。間違いはないか?」
問われた叔父様は宰相の顔を見上げ、そして目を伏せた。
「間違いありません」
宰相は質問を続ける。
「その目的は、本来ディロン伯爵の称号を継ぐべきエレノア嬢が生きていた事を知り、自身の爵位と財産が失われる事を危惧したため、で合っているか?」
「……はい」
「十年前、貴殿の兄であるオスカー卿が馬車で崖から落ち亡くなった。その事故も貴殿によるものではないかという疑いがあるようだが、その件に関して申す事はあるか?」
「あれは事故でございます。確かに行方不明のエレノアを死んだと偽った事は確かでありますが、それも彼女が見つからなかったゆえ。亡くなってしまったものと思い、相続をすみやかに終えたかっただけの出来心でした」
クレマン宰相は国王陛下と大司教を振り返りお辞儀した。
「陛下、彼の主張はこのようでございます」
「異論あるものはあるか?」
陛下の言葉に旦那様が立ち上がる。
「ランファール伯爵、述べよ」
「おそれながら申し上げます。私はオスカー卿の事故の直前に、彼からある重大な事件の証拠を得たと連絡を受けました。彼は私にそれを渡す為に馬車に乗り事故に遭っています。事故の連絡を受け現場に向かった私は、彼と彼の夫人が運ばれた後、彼が何を私に渡したかったのか探しました。しかし、それを見つける事は叶いませんでした。代わりに見つけたのは馬車の残骸に埋もれた幼いエレノア嬢です」
旦那様がそう言うと、皆の視線が私の方へ向いた。
父様母様の死を思い出すあの事故の状況を聞く事は辛い。私は負けないように顔を真っ直ぐ陛下の方へ向ける。隣のアルバート様が見えないように私の手を握りしめて勇気づけてくれた。
「私は彼女を誰にも知られぬように別邸に運び込み隠しました。ディロン伯爵が言う通り、エレノア嬢を行方不明の状態にしたのは私です。ですが、状況を見る限り、あの事故は人為的に引き起こされた可能性が高いと私は思います。そして、今回、前フェザード侯爵夫妻も全く同じ状況で事故に遭い命を落とすという事がおこりました。偶然と言うにはあまりに似ています」
「しかし、侯爵の護衛の者達は誰も不審な者は見ておらず、馬が突然暴走したと証言していたが」
宰相の言葉に、リューベル伯爵が立ち上がる。
「陛下、ランファール伯爵から聞き私も調べてみました。侯爵夫妻が乗っていた馬車に細工の形跡は見つかりませんでしたが、埋葬されていた馬を調べてみたところ、奥歯と顎の骨に奇妙な腐食跡を見つけました。ちょうど轡を噛む辺りに。何らかの毒物ではないかと思われます」
「毒?」
「ある程度の距離を走ると、毒が注入されるように仕込まれていたのではないでしょうか」
「一体何者がそのような事を?」
「陛下……」
キルデベルト様が立ち上がる。
「あの日、フェザード侯爵を王宮に呼んだのは私です。馬車を用意したのも私。王宮の馬車の管理は厳重に行われており、轡に細工するなど到底出来ない。通常であれば。ですが、あの日、私の命を受け御者のもとへ遣わせた騎士が、彼と話すある方を見ています」
「それは誰だ?」
国王陛下が厳しい顔でキルデベルト様を見つめる。キルデベルト様はしばらく黙っていたが、重苦しい空気の中で一言告げた。
「叔父上……リース公爵です」
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