第13話 伯爵令嬢でした
「んんっ! 何するんですか」
口の中の葡萄を飲み込んで私はレオン様を睨む。彼はにっこりと嬉しそうに私の視線を受け止めた。
「ようやく私の方を見てくれた」
くうっ、笑顔が眩しすぎる。
ダメ、イケメンの笑顔は凶器だ。
心臓がばくばくしてしまう。
アルバート様が眉をひそめてつぶやいた。
「フェザード卿こそノアと随分親しそうですが」
「レオン様は私をからかうのがお好きなんです」
私は気を落ち着けるために紅茶に口をつけながら答える。
だが、彼は追い打ちをかけるようにこう言った。
「おや、様だなんて言わず、レオンと呼んでくれないか。君と私の仲じゃないか」
「ぶふぉっ!」
私は思い切り咳き込んだ。
「ご、ご冗談はおやめください。どんな仲ですか」
「同じベッドで寝た仲」
「!!」
アルバート様が目を丸くしている。
誰が誰と寝たですって?
いや、確かに寝ましたけれど、何もなかったですよね!?
上品どころか動揺しまくる私を可笑しそうに見て、侯爵は嘘じゃないんだよとアルバート様に言う。
「彼女は忘れてしまっているようだけど、昔、道に迷った私を彼女が拾って家に招いてくれたのだ。衰弱していた私をつきっきりで看病してくれた。彼女は私の命の恩人なんだ」
「失礼ですが、私には全く覚えがございません!」
「落ち着いて、ノア。君が我が家に来る前の事なら、君はまだ幼い子供だったのだから覚えていなくても仕方ないよ」
そう言ってアルバート様はレオン様に向き直った。
「それで卿はノアがどこの家の生まれなのかを知っていたのですね?」
問われたレオン様はニコリと笑って頷いた。
私が小説を書く時の名『エレノア・ロイデン』。それは私が覚えている自分の名前からつけた。
皆に『ノア』と呼ばれている私の本当の名前は『エレノア』。
「ディロン伯爵家……前当主の一人娘エレノアは亡くなったと言われているが、君のことだ」
紅茶に少し口をつけてカップを置き、アルバート様は指を組んだ。
「前ディロン伯爵は僕の父と特に懇意にしていました。夫妻が事故で亡くなられたと聞いた時、父はすぐに暗殺されたと思ったそうです。そして生き残った令嬢を守る為に、ディロン伯爵家の家令を通じて密かに避難させました。危険を避ける為、同じ王太子派の貴族にもノアの事は知らせてはいません。ノア自身にも知らせないようにと僕は言われてきました」
「そうだね。私の養父もノアが生きている事を知らなかったようだ」
レオン様はさらりと言う。
「卿はどうやってノアの事を知ったのですか? 卿の言ったように彼女は死んだことになっています。ノアを引き取った父はノアを妹の侍女にして社交界にも出していません。それに卿はずっとフェザード領にいて、王都にこられたのはつい最近です」
「昨日も言ったように、それについては答えられない。だが、信じて欲しい。ノアはすっかり忘れているのだけれど、彼女は私の大切な恩人だ。私が王都に来た目的は彼女を守る事なんだ」
私はレオン様を看病した覚えはない。恩人というのはたぶんアルバート様を納得させる為の嘘だろう。
レオン様が私を守ろうとするのは、フェザード領に伝わる聖女だから。
ほんの少し私の胸がちくりとする。
そうだ、勘違いしてはいけない。
彼は領地の為に私が欲しいだけなのだから。
「昨夜、ノアを狙って刺客が送り込まれて来た」
「捕らえたと聞きましたが、首謀者を吐きましたか?」
「……ああ、やはり現ディロン伯爵だった。裏にまだいるだろうが、彼等の名は出なかった」
「失敗したと知って、彼等はどうするでしょう」
「また仕掛けてくるだろうが、それを待つ必要はない」
「どうするのです?」
「ノアを陛下に紹介する。私の婚約者ディロン伯爵令嬢として」
婚約者……マジですか。
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