第16話 初めて知った真実
翌朝は早くから式の支度でおおわらわだった。
私達がリブル領に行っている間に、フォンゼルさんが侍女さん達をたくさん雇ってくれたのだけど、それでもお城のみんながお祭りのようにてんやわんやで準備をしてくれている。
私は自分の部屋で侍女さん三人がかりでドレスを着て、リリアーナさんにスペシャルメイクをされた。
「出来ましたわ!ノア様」
綺麗に化粧をしてもらった私は、正面の鏡を見て驚いた。
まあ、自分じゃないわ、これ。詐欺レベルじゃない?
「すごいです、リリアーナさん」
「最高の出来栄えですわ。ノア様の可愛さを全面に押し出したドレス、清楚でありながら色っぽさも感じられるメイク。我ながら完璧です」
リリアーナさんが満足気に筆をしまった。
「ノア様、レオン様をお迎えに行きましょう」
リリアーナさんに介助してもらって、レオンの部屋まで歩いて行く。彼の方ももう準備が出来ていると聞いて、扉を開いて中を覗いた私は思わず顎が落ちた。
はうっ!何、この美しさ!
黄金色に輝く金髪とどこまでも優美な顔立ち、スラリと高い身長のせいで目立たないが、しっかりと筋肉がついた身体に軍服がよく似合う。
そこには漆黒に金の飾りのついた礼装用の軍服を着た、きらきらしく輝くオーラを背負ったレオンが立っていた。
そうか、辺境伯は軍人だから、結婚式は軍服になるのね。
しかし、花婿が綺麗すぎるってどうなの?横に立つのが恥ずかしいじゃないの。私は顔を隠せるベールがあることを思い出し、なんとか逃げ出すのを思いとどまった。
「姫、凄く綺麗だ」
「くうっ、貴方の方がずっと綺麗よ」
光り輝く美貌にほんのり頬もピンクに染まって、なんというか、もうこれは芸術作品でしょう。彼の着付けを担当した侍女さん達も、きゃーきゃー後ろで騒いでいる。
「さあ、行こうか、姫。私達の結婚式へ」
レオンは私に向けて手を差し出した。
神殿はお城の近くの森の中なのだけど、ドレスで歩くわけにはいかないので馬車で向かった。リリアーナさんがそばについてくれて、レオンも完璧にエスコートしてくれるので、着崩れる心配もない。
神殿に着くと、いつもはあまり人のいない礼拝所にたくさんの騎士団の人達が取り囲むように並んでいる。グラッドさんとジェフさん達神官のみなさんも待ち構えていて、さあさあと言って礼拝所の扉を開いた。
神殿の礼拝所に入ると、正面の祭壇の後ろに金色の男神が剣を持ち獅子を従え戦うような図案のステンドグラスが輝いている。あれがこの神殿に祀られている雷の神ルゲルタだ。
私達は神官の待つ祭壇へとゆっくり歩いた。
両脇に並ぶ椅子には、王都から来てくれたランファール伯爵とアルバート様やソフィアお嬢様、フォンゼルさん達の他、たくさんの招待客が座っている。その中にはリブル伯爵の姿もあった。
私達が祭壇の前に立つと、神官長がルゲルタへの二人の結婚の報告と祝福を願う言葉をとうとうと誦した。
そして私達は誓いの言葉を交わし、ベールを持ち上げたレオンが私に口付ける。
うーん、やっぱりいつ見ても凄いハンサムだわ。キスの後の流し目がなんともまあ色っぽくて気絶しそう。正面から見るものじゃないわ。早くベールを戻さないと気が遠くなっちゃう。美人は三日で飽きるって聞くけど、なんでイケメンは人生何周経っても飽きないのかしら。
レオンが心の中で悶え狂っている私の手をとり、私達はみんなのいる方へ向いてお辞儀する。なんでだろう、アルバート様がなんだか悲しそうな顔をしていて、ソフィアお嬢様が隣で苦笑しているのが見えた。
そして祭壇から降りて出口へ向かう私達を、祝福の拍手が包み込む。
私達の初めての結婚式はこうやって終わった。
その日の夜……そう、初夜よ、初夜。
いえ、まあ、これは何度も経験はしていますけれども、はい、慣れてますよ。エレノア以外はね!
毎度転生するたび、やっぱりドキドキしちゃうのは何でだろう。ベッドを見ないようにソファーに腰掛けて、バクバクいう心臓をなんとか落ち着かせようとしていると、ほんのり髪の濡れたレオンが部屋に入ってきた。
薄手のシャツが彼の豹のような肢体を浮き上がらせている。
ほんと、こう、なんだろう。この無駄な色気。猫だったくせに。
「姫、どうしてそんな遠い所に座っているんだ?」
不思議そうに聞いてくるけど、お願いだから放っておいて。心の準備がまだなのよ。
黙っているとレオンもソファーの方へ歩いてきて、私の座っている隣に立って肘掛けに寄り掛かる。
私は式の後のパーティでそつなく侯爵として参列客の相手をしていたレオンを思い出し、ふと以前思ったことを聞いてみたくなった。
「ねえ、レオン、尋ねたことなかったのだけれど、何で私をルゲルタの聖女にしたの?貴方は神様に仕えていた神獣なのに、こんなふうに人間のふりをするのは嫌ではない?」
するとレオンは何故そんな事を聞くのかと首を傾げた。
「なぜ私が君を主にしたかって?」
「そう。前にレオン達神獣は呪いによって魔獣に変えられたって言っていたでしょう?」
昔、この世界では終焉の神によって創られた闇の魔族と、創世の神によって創られた神々や神獣・人間達の大きな戦いが起こったのだそうだ。結局、神々が勝ったのだけれど、太陽の女神は魔族から守るために大地を封印しないといけなかったのだという。それによって、神々も大地に降りられなくなり、主をなくした神獣は終焉の神の呪いによって魔獣に変えられてしまったのだ。
「主人がいれば魔獣にならないってレオンは言っていたけど、私みたいなので良かったの?ルゲルタみたいな強い神様でもないし、そこまで美人なわけでもないし」
そう尋ねると、レオンは姫は十分可愛いんだけどと言ってふふふと笑った。
「ルゲルタは苛烈な神だった。彼に逆らう者は全て焼き尽くされる。彼を傷つけられる者はいない。私はその強さに惹かれて従獣となった。そして、君もまた強い」
「強い?私が?」
「敵意にも害意にも、君は怯まず全て飲み込んで、そして許してしまう。この世界で生きるには危ういかもしれないが、君は闇の魔族の最も忌避する魂を持っているんだ」
黒曜石のような瞳の中に私を映して、彼は私の前に跪いた。
「だから、私は姫に跪く。君は神の獣であった私を従えるに相応しい」
そう言って指先に口付ける。
「我等神獣は誇り高く、仕える主を自ら選ぶ。その主に足る器はごく稀だ」
しかし、有限の命しか持たぬ人間は永遠には生きられぬ。幾度も生死を繰り返し、その度に獅子はその魂を探し出す。運命と時を司る双子の女神ヤネールとテレーヌは、金獅子レオが絶望に堕ちないよう主人となる人間に異色の加護を与えた。
レオンは顔を寄せて唇に軽く触れ、それが君なのだよと私に告げた。
「主人をなくした私を拾い、救ってくれたのは奏だ。光を失った獣に再び愛を注いでくれた。私は誰にも君を傷つけさせない」
そう言って、レオンは両手で私をソファーから抱え上げる。
「それに、人のフリにも良いことがある」
「良いこと?」
「家族が作れるだろう?」
レオンはそう言って、私をそっとベッドの上に下ろした。
家族?家族って……もしや?
「え?神獣と人間では子供は出来ないのではないの?」
遺伝子的に種が違う者同士では出来ないと、理科の授業でも習ったような気がするんだけど。
目を丸くする私に、レオンはそういうわけではないんだよ、とにっこり笑った。
「神と人間でも出来るんだから、
なんですと?それじゃあこれまで子供が出来なかったのは何故?
「これまではわざと作っていなかったから」
「へ?」
わざと?それは避妊していたってこと?
「だって一緒に育てられないだろう?森と神殿で分かれて住んでいたのだから。私が獣では子供の父親も誰かと言えないし。正式に人間の夫婦となれば、子供も作れる」
レオンはウキウキした様子でシャツを脱ぐ。
「エレノアが初めてだ。楽しみだな。子供はどちらに似るだろう」
レオンはギュッと私を抱き締めて嬉しそうに笑った。
ちょっと待って、子供って人間の姿をしているのかしら?猫耳だったりしない?やっぱり獅子に変身するのかしら?
ぎゅむぎゅむ抱き締めていないで、本当に大丈夫なのか答えて!
何百年も経って初めて知った真実。
でも、こうやって私達はこれからもたくさんの初めてを経験していくのだろう。
そして、きっと二人で乗り越えていくのだ。
ある日、可愛い猫を拾ったら、こんなかっこいい旦那様が出来ました。
ご主人様への溺愛加減は……ご想像におまかせします。
fin.
〜〜〜〜〜〜〜
無事完結いたしました。
いや、変な書き方に挑戦したもので、クロエとエレノアどっちの話か分からず、読みづらくなってしまっていたら申し訳ありません。
この世界、実は『黒銀の狼と男装の騎士』と同じ世界のお話です。
あちらの物語に神様達や神獣達の詳しい関係が語られており、レオンも最後の方でちょびっと出てきたりします。
エレノアとレオンの子孫も……そうです、物語の中で語られてはいませんがユリウスという名前で出てきます。よければ読んで見つけてやってください。
侍女なのに黄金の獅子王に溺愛されています 藤夜 @fujiyoru
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