#46 浴衣姿の呉越同舟






 日曜日は母さんが車を出してくれて、ミイナ先輩の家まで迎えに行ってから、久我山さんの家に向かった。



 ミイナ先輩は気合の入った浴衣姿で、朝顔柄の青い浴衣に、赤い鼻緒の草履を履いてて、髪型は1つに纏めてうなじを出していた。

 オマケに、いつもならポケットで小銭をジャラジャラさせているのに、今夜は浴衣に併せた紺色の巾着を手に持ってて、ジャラジャラ鳴ってない。

 兎角とかく幼く見られがちのミイナ先輩が、今日はなんだか大人っぽい。

 年上の先輩なんだけど、今日は本当に年上に見える。


 因みに僕も浴衣で、祭りに行くと聞いた母さんが「折角だから浴衣新調しましょ」と言って、昨日買いに連れて行ってくれて、購入したばかりの浴衣だ。

 浴衣を着るのは幼少期以来で、その幼少期のことも覚えていないくらいで、慣れてないので脚がスースーして心許ない。女性のスカートってこんな感じなんだろうか。 因みに履物は、草履や下駄は慣れて無いと辛いからと、今回はクロックサンダルだ。



 久我山さんの実家に到着すると、母さんが僕とミイナ先輩のツーショットをスマホで数枚写メを撮影してくれたので、ミイナ先輩も同じように自撮りで二人を撮影してくれた。  


 帰る母さんの車を見送ってから、ミイナ先輩を伴って、玄関のインターホンを押すと、直ぐに久我山さんが「は~い」と応対する声が聞こえて、玄関の扉が開いた。


「いらっしゃい!アラタくん! 峰岸さんもいらっしゃい」


 久我山さんも既に浴衣姿で、薄い水色の地に黄色いヒマワリの柄の浴衣で、髪は1つに纏めてうなじを出してて、しくもミイナ先輩と同じ髪型だった。 詳しくは知らないけど、浴衣の時の髪型としては定番なのかな?そうであれば、被ることも仕方無いとは思うけど、寄りにも寄ってこの二人が被るというのは、何かモメたりしなければ良いのだけど。


「こんにちは。今日はお誘いありがとうございます」


「お久しぶりです。今日は無理言ってすみません。お邪魔します」


 ミイナ先輩には事前に、『モメ事起こさない様に大人しくしてて下さいね!』と散々お願いしてあるので、今のところはネコ被って大人しくしてくれている。



 久我山さんの自宅は、僕達以外にも来客が頻繁に出入りしてて、どうやら地元の行事ということで、ご両親は忙しくしており、僕も一言挨拶するのがやっとだった。

 久我山さんもご近所や稼業の関係のお付き合いやらの挨拶とかで忙しかったらしいけど、僕とミイナ先輩が来たことでお母さんから「友達のお相手してなさいね」と言われ、僕達を連れて自室に控えることになった。




 久我山さんの部屋はアルバイトの度に休憩に使わせて貰ってたので、僕は慣れてて気楽なはずなんだけど、久我山さんとミイナ先輩が直接対面している状況なので、どうしても緊張してしまう。


 そんな僕とは対照的に、二人は部屋で腰を下ろすと「ふぅ~」と息を吐きながら足を崩した。


「慣れない浴衣だと、やっぱ疲れるわ」


「そうよね。私も胸が苦しくて少し辛いわ」


「はぁ?嫌味?胸が小さい私には解んないだろって言いたいん?」


「そんなこと言ってないわよ。峰岸さんは相変わらず被害妄想が激しいのね」


 あれだけ言ってあったのに、もう喧嘩始めた。



「お二人とも、その辺で止めて下さいよ。 折角のお祭りですよ? 僕、小学校以来だったから今日は楽しみにしてたのに」


「ごめんなさい!アラタくん! そうだよね。今日は楽しい思い出にしようね?」


「うっわ。アラタが言ってた通り、マジでアラタに媚び媚びじゃん」


 ミイナ先輩の相変わらずの毒舌に、流石の久我山さんもミイナ先輩を睨んだ。


「ミイナ先輩、言い過ぎですよ。久我山さんも挑発に乗らないで下さい」


「アラタくん!リョウコって呼ぶ約束でしょ?ちゃんと呼んでくれないとダメだよ!」


「いえ、あれは二人の時だけって約束ですよ。今日はミイナ先輩居るから呼びませんよ」


「えー! だったら峰岸さんも来ること、了承しなければ良かった」


「お?これ、中学の卒アルじゃね?アラタも一緒に見よう!この女、この頃から生意気なツラしてんじゃない? 一緒に見て笑おーぜ」



 僕じゃこの二人を同時に抑えるのは無理だ。

 そもそも、総務委員長の久我山リョウコと、邦画研究部部長にして2年では腫物扱いされている峰岸ミイナの二人を同時に宥めるなんて、教師を含めてそんなこと出来る人間は、ウチの学校には存在しないだろう。

 いくら口で大人しくしててと言い聞かせても、こうなることは予測してた訳で、もう諦めて、『殴り合いのケンカを始めないだけマシだ』と思うことにした。



 時間は、もう少しで15時になるところで、16時には神社に移動して、神社での行事を見学して、少しブラついてから久我山さんの家に戻って、地元の青年団の神輿が地区を周るのを見学する予定。

 神社までは歩いて5分もかからないので、それまでゆっくり出来る。


 とは言え、この二人を同時に相手にして出せる話題は限られているので、とりあえず今日の浴衣の話題を振ることにした。



「お二人とも、浴衣姿がとてもお似合いですよね。 久我山さんは和装だといつも以上に上品な雰囲気で、そのヒマワリの明るさがとても絵になってます。 ミイナ先輩は浴衣の華やかさと朝顔の可愛らしさがミイナ先輩らしくて魅力的です」


「アラタくん、気に入ってくれたかな?」うふふ

「そ、そうかな?可愛いかな?」えへへ


 僕が二人の浴衣姿を褒めると、二人とも照れながらも嬉しそうな顔をして、声が被った。


「そういえば、お二人とも同じ髪型ですよね。 浴衣姿でお揃いの髪型だと、なんだか姉妹みたいですね」


「・・・・」

「・・・・」


 今度は二人とも口を尖らせ不満を浮かべた表情で、プイッとお互いそっぽを向いた。

 どうやら髪型の話題は禁句の様だ。

 相変わらず僕は女性の扱いが下手だね。



「えっと・・・僕は浴衣も髪型も地味だし、とても華やかで素敵なお二人と一緒に歩くのは気後れしちゃいそうです」


「そんなことないよ!アラタくんも落ち着いた雰囲気で凄く素敵だよ!」

「そこが良いのよ。アラタには派手なの似合わんし」


 二人とも、僕の浴衣姿を褒めてくれたけど、また声が被った。



 この二人、実は息ぴったりなんじゃない?

 髪型も一緒だし。




 ◇




 16時前には久我山さんの家を出て、歩いて神社に向かった。

 普段はあまり見かけない人通りがこの日は多くて、神社に近づくにつれ賑わいが増していた。


 鳥居へと続く門前の通りには出店が10軒ほど並んでて、早速ミイナ先輩が興味を示していたけど、社殿での行事がもう始まってしまうので、ミイナ先輩の手を掴んで引っ張って先へと進んだ。


 境内にも人が沢山居て、更に奥にある社殿の中庭へと進むと、社殿の襖などが全部外されてて、縁側から中が見える様にしてあり、中では宮司らしき人や巫女さんなどが厳かな雰囲気で何やら執り行っていた。 

 それを僕達3人は、見物客に混じって見学していた。

 何をしているのかとか、どんな意味があるかとかは全く分からなかったけど、見ている僕もなんだか厳かな気持ちになっていた。

 久我山さんは僕の右側から僕の袖を掴んでて、ミイナ先輩は僕の左側から僕の袖を掴んでて、二人も僕と同じ気持ちなのか、神妙な面持ちで声も出さずに見学していた。



 30分程で終わると見物客がばらけて、僕達も移動することにした。


 先ほどからミイナ先輩が出店で食べ物を買いたかった様なので、焼きそばやお好み焼き、リンゴ飴や綿飴を買い込みつつ、3人でブラブラと見て周りながら境内の外へ移動した。


 久我山さんのお母さんから、「お神輿が来る前に戻っておいで」と言われていたので、しばらくしてから一旦久我山さんの家に戻り、買い込んだ食べ物を置くと、ご両親やお婆様と一緒に、生垣の前でお神輿を出迎える為に待機することに。


 待ってる間、お父さんから「稲刈りの時期も忙しくなるから、良かったら来ないか?」とアルバイトのお誘いなどがありつつ、お母さんからも「アラタくんが来ないと、食卓が寂しいのよ? 今日はゆっくりしていってね」と声を掛けて頂いたり、和やかな雰囲気で待っていると、お神輿の掛け声が聞こえてきて、直ぐにお神輿がやって来た。


 僕とミイナ先輩は部外者だったけど、久我山家の方々と一緒に並んで出迎えると、久我山家の面々がお辞儀をしたので、僕とミイナ先輩も慌ててお辞儀をした。


 何だかよく分からない間に久我山家のお役目は終わったらしく、ほっと一息ついてお神輿を支えている青年団の方たちへ視線を向けると、どの男性も目をギラギラさせて、久我山さんへあからさまに視線を送ったりチラ見していた。


 祭やお神輿の興奮なのか、まるで獣の様に久我山さんを狙っている様に見えて、大人の男性のそういう姿が怖くて、思わずミイナ先輩を背中に隠した。ミイナ先輩も青年団の異様な空気に気付いた様で、「あの女、地元でもそーなんか」とポツリと零していた。


 因みに、青年団の面々から熱い視線を集めていた久我山さん本人は、ツンと澄ました表情で、我関せずのスタンスだった。



 お神輿が次の目的地へ向かい去ると、お母さんが「食事の準備が出来てるから、食べましょ」と言ってくれて、和室へ移動した。


 久我山さんとミイナ先輩は、久我山さんのご両親の前では流石に猫を被ってて言い争うことも無く、先輩後輩の立場で仲が良いフリをしていた。


 ただ、お父さんもお母さんも、相変わらず出入りするお客さんの対応で度々席を離れたりしてたので、あまり遅くまでお邪魔するのも申し訳なくて、早めに帰ることにした。



 母さんに電話してお迎えのお願いをしていると、ミイナ先輩は神社や久我山さんの部屋や庭で撮影した写メを邦画研究部のグループチャットに何枚も貼り出した。

 因みに、久我山さんも僕とのツーショットの自撮りをこれでもか!と言う程撮影していた。


 母さんへの電話が終わり、アルバイトの時に良くお喋りしていた生垣の脇の岩に3人で腰掛けて、母さんが来るのを待っていると、ミイナ先輩のスマホに着信が掛かって来た。


 ミイナ先輩の家族からかな?と思っていると、電話の相手は興奮してて、僕にも声が聞こえた。

 声の主は、佐倉さんだった。


 佐倉さんは、怒ってるのか悲しんでいるのか、兎に角興奮してて、ミイナ先輩に「なんで私も誘ってくれなかったんですか!」と泣きながら訴えている様だ。


 ミイナ先輩が事情を説明するが、佐倉さんは泣き止まずに全然納得してくれないらしく、ミイナ先輩は困った顔で僕に助けを求めて来た。 ミイナ先輩、浴衣着て祭りの雰囲気にはしゃいでしまったのか、グループチャットに写メ貼ったのは迂闊すぎる。

 とは言え、佐倉さんの気持ちも分かる。自分だけ呼ばれてないと分かれば、悲しいだろう。僕の口でキチンと説明した方がいいだろうね。


 だけど、電話を替わり僕からも「久我山さんのお家からのお誘いだから、気軽には誘えなかったんです」と説明しても、「でもミイナ先輩は誘われてるじゃないですか。私だけ仲間外れなんて悲しいです」と中々納得してくれず、そうこうしている内に母さんの車も来てしまい、困った僕は母さんに「今から佐倉さんにお祭のお土産渡したいから寄って貰ってもいい?」と相談すると、「だったらウチに呼んで、今からみんなで食べたら?」と言い出した。


 自分のスマホで時間を確認すると6時半で、日はまだ沈んでいない時間だった。


 今度は、母さんの提案を聞いた久我山さんが「私も是非アラタくんのお家にお邪魔したいです!お母様にはまだキチンとご挨拶してませんし、これからご一緒させてください!」と母さんに向かって言い出し、ミイナ先輩は「佐倉ちゃん、宥めるにはそれくらいじゃないとダメかもね」と諦め顔で、佐倉さん本人は「行きます!今から浴衣に着替えます!40秒で支度します!」と言って、漸く機嫌を直してくれた。








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