#35 二人でお出かけ
夏休みに入って以降、平日の部活と週末のアルバイトと毎日忙しく過ごして来たが、今日は完全オフの日だ。
そして今僕は、緑浜駅構内のコーヒーショップで人を待っていた。
約束の時間は9時で、今は8時40分。
少し早かったけど、遅刻して待たせるよりは良いよね。
今日は、映画館へ映画を見に行くのが目的。
なので、オフだけど半分は部活みたいなものだね。
まだ時間があるので、アイスカフェオレを飲みながら、スマホで昨日の夜に貰ったメールを開いて、今日の予定を確認する。
電車と地下鉄に乗って、2つ隣の市(緑浜市よりも大きい街)の繁華街へ向かう。
地下鉄の駅で降りてからは徒歩で、移動時間はココから全部で1時間弱。
まず最初に映画館で映画観て、その後は近くの商業施設に移動してお昼ご飯。
映画館はシート指定で予約済で、食事もパスタのお店に決めてるそうだ。
お昼食べた後は、買い物に行きたいらしくて、僕にも付いてきて相談に乗って欲しいらしい。
何を買いたいのか聞いても教えてくれなかったけど、メールには僕の意見を参考にしたいと書いてある。
僕に意見を聞きたいってことは、参考書とかかな?
それで、買い物の後は特に決まっていないけど、夕方までウロウロしたいらしい。
「らしい、らしい」と言ってしまうのは、今日の計画は全て彼女が決めてて、僕はこのメールを昨夜貰うまで、こんなにもガッツリ遊ぶとは思ってなかったからだ。
せいぜい、自転車で行ける距離にあるショッピングモールの映画館で観るのだと思っていた。
とりあえず、アルバイトやってたからお金に余裕があって助かった。
夏休みに入ってから今日まで6日働いてて、給料はまるまる残してある。
でも、久我山さんとも遠出して遊ぶ予定あるし、今日はそんなには使えない。
あくまで保険だね。
とは言え、女の子と二人でお出かけなんて、GWに部活でミイナ先輩と行ったホームセンターくらいしかなくて、今日みたいに遊び目的は初めてなので、ちょっぴり緊張しつつも、結構楽しみにしてる。
そろそろ約束の時間かな?と思いスマホから視線を上げて、キョロキョロと店の入口やガラス張りの店の外を見まわすと、ガラスの向こうにこちらに向かって小走りでやって来る佐倉さんの姿を見つけた。
おや?佐倉さん、髪が短くなってる?
ストレートのロングだった髪が、肩にかかるくらいまで長さになってる。
そういえば、最近「暑いから、髪切りたい」って良く言ってたっけ。
それに服装も、夏らしく肌の露出が多めのお洒落さんだ。
紺色のノースリーブで丈の短いワンピースで、靴はスニーカーで、頭にはつばの短い麦わら帽子を被り、小さいバックを斜め掛けしてる。
GWにクラスの親睦会でカラオケ行った時は、綺麗なお姉さん(女子大生)風だったっけ。 あの時よりはラフな感じだけど、今日は予定では結構歩くみたいだし、動きやすいチョイスなのかな。
店内に入って来るとキョロキョロ店内を見まわしているので、「ココだよ」と片手を挙げて合図すると、直ぐに気付いてくれて、パァ~っと笑顔になってこちらにスタスタ歩いてきた。
「おはよう、佐倉さん」
「ごめんなさい、お待たせしました」
佐倉さんは僕の目の前まで来ると、少し息を弾ませながらも申し訳なさそうな表情をした。
学校ではほぼノーメイクらしいけど、今日はまつ毛ピンピンで唇はピンクのツヤツヤで頬も薄っすら色付いてて、メイクもバッチリの様だ。
毎日の様に間近で見てたけど、今日はメイクの効果かいつも以上に綺麗で、正に別次元の美少女さんだね。
「ううん。まだ約束の時間前だよ。慌てなくても大丈夫だからね」
「うん、ありがと」
今日のお出かけは部活の延長みたいなものだとは言え、こんなにも綺麗な子と僕みたいな冴えない男子が二人きりでお出かけなんて、普通ならあり得ない出来事だ。
小学校の同級生で色々あってこうして仲良しになれてるのは、相当運が良いんだろうな。 お出かけの為にお洒落をしている佐倉さんを間近に見て、改めてその実感が湧いてきた。
「じゃあ。行こうか」
「うん!」
席を立ってゴミを捨ててから店外へ出ると、すぐ傍にある券売機へ向かう。
今日は平日で朝のラッシュ時間は終わっているので駅の構内は比較的人通りは少ない。 改札を通り、佐倉さんの歩調を気にしつつ歩いていると、佐倉さんは僕の横をニコニコしながら歩いている。なんだか機嫌が良さそうだ。
ホームも人が少なくて、入って来た列車に並ばなくても直ぐに乗ることが出来て、列車内も空いてて余裕で座ることが出来た。
僕が背負っていたリュックを降ろして座席に座ると、佐倉さんも肩と肩がくっつく距離に腰を下ろした。
いつも部室で畳に寝転がって映画観たり勉強したりしてるときもこんな距離感だけど、こうして電車の中だと人目が気になって、ちょっぴり恥ずかしいな。
でも僕とは違って、佐倉さんは恥ずかしそうな様子は無く、相変わらずニコニコと笑顔で会話が弾んでいる。学校では注目を浴びがちな佐倉さんの場合は、学校のが人目が気になるのかもしれないな。
「今日のこと、ルミちゃんに相談しててお店とかもネットで調べたんです」
「へぇー、色々計画とかあるみたいだし、そんなに映画楽しみだったんだ」
「はい!念願の初めてのデートですから!」
「デート?僕と佐倉さんが?」
「はい!記念すべき初デートですよ!」
映画館で映画を観るのが目的だったから、部活の延長だと思ってたけど、どうやらそう考えてたのは僕だけで、佐倉さんの認識では、これはデートということらしい。
それにしても、どうして女の子って、こんな風にデートっていう形に拘るのだろうか。
僕にとって佐倉さんは、学校では一緒に居る時間が一番多い友達で、多分佐倉さんにとってもそれは同じで、そういう面では一番仲が良い友達だと言える訳なんだけども、だけどあくまで友達であって恋人同士じゃない。
それなのに、こんな風に「初デート!」ってはっきり言われると、嬉しいような恥ずかしいような、なんだかムズ痒い。
それにしても、この僕が佐倉さんとデートか。
しばらく恋愛をするつもりは無いけど、こんなに綺麗な女性にデートに誘われてたんだって考えると、やっぱり嬉しいな。
考え事をしてたら、横に座る佐倉さんが僕のTシャツの短い袖を掴んだので視線を向けると、不安そうな顔をしてる。
「やっぱり・・・デートは嫌でした?」
黙り込んで考え事してたせいで、不安にさせてしまった様だ。
「ううん。ちょっとビックリしてただけ。 女の子とデートなんてしたことないから、これはデートなんだって言われたら、今更衝撃受けてた」
「嫌じゃないです?」
「うん、全然嫌じゃないよ。むしろ佐倉さんみたいな綺麗な子とデートできるなんて、凄く嬉しいよ」
「ホントに?」
「うん。逆に初デートが僕みたいなので、ごめんね?」
「ナニ言ってるんデスカ!バカなこと言わないでくだサイ!私の推しへの愛がどれだけ熱いのかまだ分かって無いんデスカ!?この間のアラタくんのお家のお泊り会の時にも散々言いましたケド―――」(※1)
また急にスイッチ入った。
「わかった、わかったから、電車の中では落ち着いて。他の人に迷惑だよ」
佐倉さんがいきなり興奮気味に声を張り上げるから、周りの乗客から注目を浴びてしまい、それに気づいた佐倉さんは顔を真っ赤にして、僕のTシャツの袖を掴んだまま僕の肩に隠れる様に縮こまった。
佐倉さん、身長170近く有るから隠れられる訳ないんだけど。
ってTシャツが伸びるよ!引っ張らないで!
「うううう」
相変わらずテンションのアップダウンが激しいな。
でも、今日のデートを相当楽しみにしてたみたいだし、テンション下がったままは可哀想なので、元気付けるつもりで話題を変えることにした。
「佐倉さん、入学してからずっと髪はロングだったけど、短くしたんだね。昨日美容院にでも行ったのかな? この間のツインテールもミイナ先輩とお揃いで可愛かったけど、今日のも見慣れてない髪型だから結構新鮮」(※1)
「ツインテール気に入ってくれてたんですか!?あの時は何も言ってくれなかったんで興味無いのかと思ってました・・・。 それで昨日美容院に行って来て、思い切ってミディアムボブにしたんです。 変、ですか?」
「ううん。似合ってると思うよ。夏らしくて良いと思う」
「ホントに?」
「うん。 佐倉さんの顔ってキリっとした大人っぽい作りだからストレートのロングは違和感なくそのまんまの雰囲気で、ツインテールの時はあどけない感じ? 今日の髪型は大人っぽさを残しつつ愛らしさが増した感じかな? うーん、女性の髪型は詳しくないから、いまいち上手く説明出来ないや」
要は、美人はどんな髪型でも似合うってことだろう。
「うふふふ。アラタくんが気に入ってくれたなら、良かった」
気に入ったとまでは言ってないけど、余計なことは言わない方が得策だろう。
それにしても、入学当時は扱いに困ってばかりだったけど、最近は佐倉さんの扱いにすっかり慣れて来てるな、僕。
__________
注記(※1)
お泊り会や佐倉さんのツインテールのお話は、第4章終わりの幕間エピソードにて語られます。
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