#44 久我山さんの思惑と告白(回想)
久我山さんと海水浴に出掛けた日の帰りの電車の中でのお話。
「アラタくん、今日は色々とごめんね」
「いえ!僕の方こそ、折角リョウコちゃんが楽しみにしてたのに調子に乗って台無しにしちゃって、本当にすみませんでした」
「アラタくんのイジワルにはすっごくムカついたけど、でもそうじゃないの。 私の話を聞いてくれるかな?」
「ええ、勿論。なんでも話して下さい」
泣かせちゃったことや、その後元気が無い様子に色々と反省と後悔ばかりだった僕は、久我山さんの要望には極力応える姿勢でいた。
だからこの時も、迷うことなく了承した。
「あのね、子供の頃からの話なんだけどね、私はずっと優等生として過ごして来たの。学校でも家でもね。周りの人からの期待に応えるのが自分の役目なんだって。そうすることで周りは私を評価してくれるし、喜んでもくれるからね。 アラタくんならそういう気持ちが少しは分るんじゃないかな?」
「そうですね。周りからの期待というのは、特に子供の頃は感じてました」
「やっぱりそうだよね。 それでね、ウチの話に繋がるんだけどね、ウチって農業だけじゃなくて、不動産だとか投資だとかの資産運用の他にも農地関連の事業だとかそこそこ手広くやってるんだけどね、前にも言ったように私は将来それらの事業を引き継ぐことになると思うの。 その全てじゃなくても一部とかね」
「そうでしょうね。久我山家の一人娘ですからね」
「うん。 でも稼業を継ぐって言うことは、将来の選択肢は限られちゃうの。 進学先だって、農業か経営に関係する分野に進む予定だし、結婚だってそうだよね」
「僕の家みたいな一般家庭では想像するのも難しいですけど、色々なしがらみがあるんでしょうね」
「うん。そうやって周りの期待や家業の都合とかずっと意識して過ごして来たんだけどね、でも、将来結婚する人だけは自分で決めたかったの。 お見合いだとか取引関係での政治的な結婚は嫌だったの」
「はい」
「だから、将来の結婚相手を探す目的で、これまで同世代の男性をそういう目で見て来た。 常に『この人は私の結婚相手として相応しいかどうか。ウチの事業を一緒に担っていく能力があるか』っていう目で見ていたの」
「えぇ・・・」
「それで、アラタくん。 あなたが私の前に現れたわ」
僕に対しても、そういうことですよね。
「アラタくんと初めて会った時は、凄く衝撃的だったよ。 総務委員会の初会合で役員の選出してて、みんなやりたくないから緊張してて重い空気が流れてて。でもそんな中で唯一立候補したのがアラタくんだったよね。 それも、目をキラキラさせてて、表情を見ただけで「本当に役員をやってみたいんだ」って直ぐに分かったわ。その時の行動と表情が、私には衝撃的だったの。 私だけじゃなくて、委員会に出席してたみんな衝撃受けてたわ。 アラタくん一人だけ希望に満ちたキラキラした目をしてて、周りのみんながそれを驚いた表情で見てるの。 あんな場面はそうそうお目に掛かれないわ」
「そ、そうですかね・・・確かに積極的に参加するつもりで立候補しましたけど」
「そのことが切っ掛けで、私はあなたに強い興味を抱いたの。 その後の執行役員だけ居残りして打合せしてた時にも、同じ小学校だった2つ下の『カミサマ進藤』のことも思い出して、更にアラタくんのことをもっと知りたいって思ったの。 だからあの日、アラタくんのことを追いかけて一緒に帰ろうって誘ったのよ?」
「なるほど、そんなこと考えてたんですか」
「うん。 それでね、仲良くなってからはずっとアラタくんに注目してた。委員会での活躍とか峰岸さんと部活動を設立したりとかね。 本当に驚かされてばかりだったよ。 あの峰岸さんと仲良くなってるのにも驚いたけど、新入生が入学して1カ月で新しい部活を作るとか前代未聞なんだよ? それに総務委員としてだって、1年生ながら次々と問題を解決して、同じ1年生からは頻繁に相談を持ち掛けられるような人材になってて」
「いえ、そんな褒める様なことじゃないです。 ただ、やりたい事や興味あることに積極的に取り組んでただけです」
「謙遜しなくてもいいよ。あなたはとても優秀な1年生なんだからね。胸を張って誇るべきよ」
「そうですか・・・。そんなにも僕を評価してくれてたとは知りませんでした。ありがとうございます」
「それで、ここまで話したらもう分かるかな? 下世話な言い方すると、結婚相手の候補としてここまで優秀で有望株はアラタくんが初めてだったよ。だから今日まで、あなたとの関係を強固にしようと積極的に交流してきたの。 アルバイトの話だって、あなたから部活の話を聞かなくても誘うつもりだったし、両親にあなたを会わせて、今の内から両親にもあなたのことを結婚相手の候補として認識させたかったの。 その目論見は見事に成功したし、今日のデートだってアラタくんに私のことを女としてしっかり認識して貰いたくて、アピールを頑張るつもりだったの」
「なるほど・・・」
「でもね、色々アピールしたのに、アラタくんの反応はイマイチで、それなのに凄く意地悪で、それで1つ気付いちゃった。 意地悪されて悲しくて涙が止まらないのに、自覚しちゃったの」
「・・・・」
「優等生としてとか、家業の為にとか、色々な言い訳とか建前並べて、結婚相手の候補だとか言ってても、本当はそんなこと関係なく、私はアラタくんのことが好きなんだって。 この意地悪で憎たらしい年下の男の子のことが、どうしようもないくらいに好きなんだって」
「・・・・」
「生まれて初めて恋心を自覚して、自分でも凄く動揺したわ。 それで、その理由を今日ずっと考えてたんだけど、でも結局ハッキリした理由は自分では解らなかった」
「・・・・」
「でも、他の男性にないアラタくんの魅力はいくつも思い浮かんでくるの。 例えば、普段真面目でクールなくせに、実は凄くお人好しで誰にでも分け隔てなく助けようとするところとか、取り留めのない下らないお喋りでも相手に合わせて真面目な顔で聞いてくれるから、時間を忘れてもっと話を聞いて欲しくさせるところとか、私が泣き出すまで意地悪なことするところとかね。今まで私を泣かせたのって、アラタくんだけなんだよ?私、これまでクラスメイトとか友達とかに泣かされたことなんて一度も無いんだからね?」
そりゃそうだ。
久我山さんに泣かされた人は居ても、久我山さんを泣かすことが出来た人なんて、居ないだろうね。
「はい・・・」
「それに、アラタくんは私に対して一切の下心も打算も無かった。 こんな人も今まで居なかったよ。 私に近づいたり仲良くしようとする人、特に男子は決まって下心や打算の気持ちが透けて見えてたわ。 でもアラタくんには一切それが無いの。 もしかしたら、そういう
「はぁ」
自分でも、はしゃぎすぎて子供だったと痛感している。
「ハッキリした理由は自分でも分からないけど、きっと性格だとか人柄だとか、普段しっかり者なのにたまに子供の様に純真で、私の想い通りにならないところとか、そういうのに惹かれちゃったんだろうなぁって思ったの」
「はぁ」
こんなにも女性から物理的にも心理的にも好意を向けられた経験が無い僕は、久我山さんの顔を見ることが出来なくて、目を逸らしながら力無く相槌を打つのが精一杯だった。
そして久我山さんは、そんな僕の腕を強く引く様にして、無理矢理僕の視線を自分に向けさせると、真剣な瞳でトドメを刺して来た。
「生涯を添い遂げる覚悟で告白します。 アラタくん、私の恋人になってください」
もう昼間の様な、泣きそうで情けない表情は一切見せてなかった。
普段の威厳があって頼りになる久我山さんの表情だ。
「・・・ちょっと待って下さい。 直ぐに返事は」
「勿論、ゆっくり考えてからで良いの。 この場で無理に返事してくれなくてもいいから」
「ええ、その・・・僕は・・・」
「うん?アラタくんも何かあるの?」
「ええっと・・・僕は、しばらく恋人を作る気はありません」
「それはどうして?何か事情があるの?」
「事情と言いますか、気持ちの問題と言いますか・・・」
余り他人には話したくないんだけど、告白された以上は、僕の気持ちも正直に話しておくべきか。
「そんな大した話じゃないんですけど・・・」
「それでも聞かせてくれるかな?アラタくんのことなら何でも知っておきたいの」
「そうですか・・・じゃあ―――」
僕の話を聞いた久我山さんは、「それなら、時間がかかっても良いからアラタくんが自分で納得出来る結論が出るまで待つよ。 でも、もう遠慮とかしないからね?私だって必死なんだから積極的にアピールするからね?」と言い、この日はそれ以降は交際や告白に関する話はしなかったけど、地元の緑浜駅に帰って来ると、久我山さんのお母さんが車で迎えに来てて、そこで別れ際にギュっとハグされた。
「おやすみなさい。 大好きだよ、アラタくん」
と言って僕の体を離れると、車に乗り込んで帰って行った。
僕は、ロクに返事も出来ずに、ぼーっと見送るしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます