#43 真夏の恋バナ テイク2





 設置したばかりのパソコンのディスプレイには、学校の廊下の映像が流れていた。

 佐倉さんが身に着けていたウェアラブルカメラで録画した動画で、丁度部室に到着して挨拶をしながら部屋に入るところだった。


 僕はマウスを操作してボリュームを下げると、隣に座るミイナ先輩に向き直して、グラスの麦茶を一口飲んでから話し始めた。



「今週の月曜日に、久我山さんと二人で海水浴に行ってきたんです」


「うん」


 ミイナ先輩は、僕が久我山さんと二人で遊びに行ったと聞いても、普段の様に怒ったり悪態を口にすることなく、落ち着いた様子のままだった。


「受験勉強とか学校のこととかで忙しくて、前々から息抜きに遊びに行きたいって誘われてて、折角だから遠出したいって隣の県のリゾートホテルの海水浴場に行ってきたんです。 予約とかも全部久我山さんが準備してて、久我山さんは僕との初デートだって言って張り切ってました」


「それで、水着とかも凄く可愛いのを選んで持ってきてて、そういうのも僕に見せるためだって言ってて、僕が可愛いですって褒めると凄く喜んでくれて。 でも僕は、最初は久我山さんは僕のことは弟程度にしか見てないって思ってたから、この日も久我山さんの息抜きにお供する程度にしか考えてなくて、でも久我山さんは朝から凄く張り切っててメイクとか服も気合入ってるし、ご両親からも『アラタくんと美味しい物でも食べておいで』って言われてたらしくて、交通費とかホテルの料金とかも全部出してくれて、流石にデートとして僕を誘ってくれたんだって解って」


「なるほど。あの女らしいっちゃらしいね」


「そうですね。本人も、色々調べたりして完璧に準備してきたって言ってました。 それで、水着に着替えていざ浜辺に行くと、久我山さん、実は泳げないっていうのが分かって。 それで、折角の海水浴なのに海に入らずにじっと砂浜で座ってるだけじゃ勿体ないと思って、せめて少しくらい海に入って遊ぼうと思って強引に波打ち際に連れて行ったんです」


「だけど久我山さんが凄くビビちゃって、普段の学校じゃ絶対に見せない様な泣きそうな顔で情けない声出してるから、それみたら意地悪したくなっちゃって、体ごと持ち上げて、沖に向かって放り投げたんです」


「え?アラタ、久我山リョウコに意地悪したの?」


「ええ、衝動的に」


「マジか。アラタ、あの女には絶対に逆らわないと思ってたから、なんか意外」


「今思えば、自分でもなんでそんなことしたのかよく分かんないですけど、僕も海水浴は初めてだったし、海の解放感でなんか調子に乗っちゃって。 それで、久我山さん、物凄く怒っちゃって、それが可笑しくて笑えちゃって、もう一回久我山さんを持ち上げて、また沖に向かって放り投げたんです。 そしたら、今度はマジで泣かせちゃって」


「うわ、カナヅチ相手に、流石にそれは可哀想だわ。 初めてあの女に同情したかも」


「でも、泣かせちゃったんですけど、口では『大っ嫌い!』って怒りながらも僕に抱き着いてきて、一言『一生、許さない』と言われて、それからはずっと幼児退行したみたいに僕に抱き着いたまま離れなくなっちゃって」


「そんで?」


「女性に抱き付かれるなんて初めてで、凄く動揺したんですけど、兎に角落ち着かせようと僕からも抱き締め返してあやしてたんです。 でも、もう遊ぶ雰囲気じゃなくなっちゃったし、ビーチパラソルの所に戻ってしばらく休んでたんですけど、久我山さん、泣き止んでからもずっと無言で僕の腕に抱き着いたままで、『お昼ご飯を何か買ってきましょうか』って聞いても、無言で首振るだけで、ずっと僕に抱き着いたままで」


「うん」


「結局、1時間くらい浜辺に何もせずに座ってたんですけど、帰りの事もあるし、『そろそろホテルに戻りましょうか』って言うと、ようやくまともに反応してくれて、片付けてホテルに戻ることになったんです。 それでもずっと僕の腕は離してくれませんでしたけど」


「なんか、ここまで聞いてて、普段のあの女からは全然イメージ出来ないんだけど、でもなんとなくあの女の気持ちも分かる様な気がするわ。それで続けて?」


「はい。 それでホテルの部屋に戻って、『お先にシャワーどうぞ』って言っても離れてくれなくて、『いっしょに入ろ?』って言うから、流石にそれは無理ですってなんとか宥めて、先にシャワー浴びて貰って1時間以上経ってから着替えて出て来たんですけど、その頃には普段と同じ態度に戻ってたんです。 『遅くなってごめんね? アラタくんも着替えておいで』って言って、表情は無理に笑ってる感じでしたけど」


「急いでシャワー浴びて着替えて部屋に戻ると、『まだ時間ちょっと早いから、少し休憩したらタクシー呼んで、美味しい物食べてから帰ろっか』って言うんで、了解すると、手を引かれてベッドに座らされて、久我山さんはそのベッドに寝転がって、『後ろからギュっとして』って言われて、言われた通り僕も横になって久我山さんを後ろから抱きしめて、1時間くらいそのまま休んでました」


「抱きしめてただけ?エッチなことはしてないの?」


「しませんよ。 正直言って、誘われてるんじゃないかって思いましたけど、久我山さんに手を出す程の勇気は僕には無いですよ」


「じゃあ、もしあの女がカノジョだったら手を出してた?ちゃんとお付き合いしてて、「いいよ」って言われたらエッチしちゃう?」


「うーん・・・人並みに性欲はありますので、気持ちは凄く揺れると思いますけど、僕は女性との交際経験もエッチの経験もないし、そんな度胸はないと思うので、やっぱり何も出来ないと思います」


「まぁ、アラタらしいね。 それで、結局抱き合ってただけでエッチなことはしてなくて、そのまま帰って来たの?」


「その後、フロントでチェックアウトの時にタクシーの手配お願いして、タクシーで同じ市内にある高そうなうなぎ屋さんに連れて行ってくれて、食事してから歩いて最寄りの駅まで移動して、電車に乗って帰ってきました」


「それでお終い?悩んでいるのは久我山リョウコのことだってのは分ったけど、何を悩んでいるの?」


「それがその、話は終わってなくてですね・・・帰りの電車の中でもずっと腕に抱き着かれたまま離れてくれなかったんですけど、電車に乗って30分くらいしたら、それまで静かだったのに、真剣なトーンで話し始めて、告白されました」


「告白って、カレシになってくれって?」


「ええ、そういう意味の告白でした」



 あの時の久我山さんの言葉を全てミイナ先輩に伝えることは憚られたので、「告白された」と話したけど、あれはプロポーズだったと僕は認識している。







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