第4章 僕たちの夏休み

#31 豪農久我山家



 朝6時前に起床して、顔を洗ってから朝食の準備に取り掛かる。

 高校入学してからは朝は母さんが、夕方は僕が食事の準備する役割分担だったけど、僕が夏休みの間は両方僕がすることになっていた。


 そして、夏休みに入って初日、普段学校がある日よりも早く起きている。

 この日は土曜日なので部活は無いけどアルバイトがあり、6時半には家を出ないといけない。


 朝食の準備が出来たら母さんを起こして、一緒に食事を終えると直ぐに片付け、着替えを済ませると自転車に乗って久我山さんの実家へ向かった。


 場所は、事前に久我山さんから教えられた住所をスマホで調べてあったので、10分ほどで到着。

 久我山さんのご実家は、周囲が緑に囲まれた中にあり、建屋は立派な日本家屋だった。 そしてその裏手には、いくつもの倉庫のような建物が並んでいた。



 自宅を訪ねる様に言われていたので、玄関でインターホンを押すと、直ぐに中から「は~い」と返事が聞こえて扉が開き、久我山さんが応対してくれた。


 久我山さんはTシャツにチェック柄の半袖のシャツを羽織り、下はGパンという軽装で、髪型も普段のハーフアップとは違い1つに纏めてダンゴにしてて、動き易そうな格好だった。



「おはようございます。今日はよろしくお願いします」


「おはよう!アラタくん! お仕事の前にお父さんに紹介するから、上がって待っててくれるかな?」


「了解です。 お邪魔します」



 言われた通り上がらせて貰うと客間に通され、久我山さんは「お父さん呼んで来るから座って待っててね」と言って部屋から出て行ってしまった。


 皮張りの高そうな応接セットが置かれた部屋に一人残され待つ間、「たかがアルバイトなのに、何が始まろうとしてるのだ?」と不安に駆られていると、直ぐに久我山さんとお父さんがやって来た。


 慌てて立ち上がって「進藤と申します!本日からよろしくお願いします!」と挨拶すると、「リョウコの父です。まぁ座って座って」と言って対面に座り、久我山さんは僕の隣に座ったので僕も腰を下ろした。



 久我山さんのお父さんは真っ黒に日焼けしてて、少しタレ目で優しそうなニコニコ笑顔の方で、顔の作りや雰囲気が久我山さんによく似ていた。



「珍しくリョウコから紹介したい人が居るって言われてね。最初は恋人でも出来たと思って驚いたんだけど、恋人じゃなくて後輩だって言うし、アルバイトに雇って欲しいって聞いて安心したよ」


「はぁ・・・」


 返答に困る様な話が始まり、助けを求める様に隣に座る久我山さんに視線を向けると、凄く機嫌が良さそうなニコニコ笑顔で黙ったまま僕に微笑み返していた。

 どうやら久我山さんは、僕に助け舟を出すつもりは無さそうだ。



「総務委員会では1年生なのに書記を務めて凄く優秀なんだって? どんな仕事をしてるんだい?」


 農作業のバイトだよな?総務委員会関係あるのか?と思いつつも、聞かれたことを丁寧に説明した。


 緊張しながらも30分程雑談を続けていると、ようやく「それじゃあ今日からよろしく頼むね。 仕事の内容は全てリョウコが教えてくれるからね。 それとくれぐれも怪我とかしないように気を付けてね」と言って、お父さんは部屋から退出していった。



 緊張から解放されて、思わず「ふぅ」と息を吐くと、久我山さんが「お父さん、気に入ってくれてたね。 ウチのお父さん、異性の交遊関係には凄く厳しい人だから、こんな風に気に入ってくれたの、初めてだよ」と教えてくれた。



 久我山さんのお父さんに気に入って貰えたのは光栄だけど、まだ仕事を始めてもいないし、僕の何を気に入ったのかも分からないので、戸惑うばかりだ。



 その後、久我山さんに台所へ連れて行かれ、今度はお母さんを紹介してくれた。

 久我山さんのお母さんも、ニコニコと笑顔が似合う優しそうな方だった。


 お母さんにも自己紹介して挨拶すると、「体力はありそうな子ね。キツイけど頑張ってね!」と励まされ、お礼を言って退出すると、今度こそ作業場へ案内された。




 この日、僕に与えられた仕事は、軽トラで運ばれてきた収穫された梨をカゴごと降ろして台車に乗せて選別作業をしているラインに運んだり、空になったカゴを運んだり、選別検査した梨を箱詰め作業をしてる作業場へダンボールの補充をしたり、箱詰めが終わったダンボールを木製パレットに並べる作業など、久我山さんの指示に従い、あちらこちらと動き回りながら雑用をこなしていた。


 途中休憩を挟み、12時まで作業を続けていると、お昼休憩の時間となった。


 食事は、久我山さんのお母さんが用意してくれたおにぎりやお味噌汁に漬物や唐揚げなんかを、作業場で働く全員が揃って一緒に食べた。



 作業者の方々はパートの女性がほとんどで、久我山さんはみなさんから「お嬢」と呼ばれてて、僕の事は「ぼっちゃん」と呼ぶ様になっていた。

 みなさんと賑やかにワイワイ雑談しながら食事を終えると、14時までお昼寝の時間だと言われた。


 農作業では熱中症で倒れる方が多いらしく、ココでは休憩時間をしっかりとる様にしてるとのことだった。

 パートのみなさんは思い思いに休憩するらしく、僕は久我山さんに連れられて自宅の母屋の方で休憩することになった。



 自宅に上がると、どこか涼しい場所を借りて寝転んでいようかと考えていると、久我山さんの部屋に案内された。


 久我山さんはリモコンでクーラーを入れると、「明日からも休憩時間は私のお部屋使って良いからね」と言い、「飲み物持って来るから、休んでてね」と言い残して部屋から出て行ってしまった。



 久我山さんのお部屋は12畳程度の広さで、ベッドと勉強机とローテーブルがあって、壁には本棚やクローゼットと思われる扉もあった。

 そして何よりも、久我山さんの香りで充満してて、女性の部屋へ入るのが初めてだった僕は落ち着かなくて、ずっと立ったまま久我山さんが戻って来るのを待った。



 しばらくすると足音が聞こえ、扉の外から「アラタく~ん、扉開けてちょうだい」と久我山さんの声が聞こえたので、言われた通り扉を開けると、久我山さんは両手で麦茶やお菓子などを乗せたお盆を持っていた。


 久我山さんはローテーブルにお盆を置くと、「アラタくん、ここに座って」と座る場所を指定されたので、言われた通りソコに座ると、膝をくっ付けるように久我山さんは僕の傍に寄って来た。



「疲れたでしょ? でもみんなアラタくんのこと「働き者だ」って褒めてたね。紹介した私も鼻が高かったよ」


「初めてのアルバイトで不安だったので、そう言って貰えると嬉しいです」


 久我山さんはグラスに麦茶を注ぎながら僕のことを褒めてくれ、「はい、麦茶どうぞ」と言って勧めてくれたので「頂きます」と言いながらグラスに口に付けた。


「お父さんもお母さんも気に入ってくれてたし、私も安心したよ」


 直ぐ傍に座る久我山さんは無意識なのか、僕の膝に手を乗せて相変わらずニコニコと微笑みながら僕を見つめて話している。



 正直言って、二人きりの状況でこの距離感は、とても居心地が悪い・・・

 ドキドキして休憩どころじゃなくなってる。


 久我山さん、普段見ている限りでは、学校じゃ僕に対しても他の生徒さんに対しても、こんな風に近い距離で接したりしないのに、今日はグイグイと距離が近い。ミイナ先輩顔負けのアグレッシブさだ。ミイナ菌がここまで感染拡大しているのだろうか。



 冗談はさておき、可及的速やかにこの空気を変える必要があると判断して、「疲れたんで横になっててもいいですか?」と強引に昼寝することにした。



「うん、そうだね。 私のベッド使う?」


「いえいえいえ!女性のベッドなんて使う訳にはいきませんよ!床で充分ですから!」


「そう?私は別に気にしないよ?」


「汗いっぱいかいてますし!とにかく床でいいです!」


「じゃあ、代わりにタオルケット使ってね」



 僕がそのまま寝転がると、久我山さんがベッドにあるタオルケットを僕に掛けてくれて「時間になったら起こすから、寝ちゃってもいいからね」と声を掛けて、僕と向かい合う様に自分も寝転がった。



 横になった久我山さんは、直ぐ目の前で僕を見つめながら穏やかな微笑みを浮かべている。

 寝転んでも距離が近すぎる。お互いの吐息が顔に届く距離だ。

 空気変えるつもりだったのに、全然空気が変っていないぞ。


 久我山さんにこの距離にグイグイ来られると、ミイナ先輩や佐倉さんと違ってドキドキが酷くて、全然休憩にならない。



 しかし、しばらくすると、久我山さんは目を閉じて寝息を立て始めた。


 久我山さんが寝てしまうと、ようやく僕の方は冷静になれて、久我山さんの寝顔を眺めていた。



 ミイナ先輩が昼寝してた時は、ヨダレ垂らしてだらしない寝顔だったけど、でも可愛らしかった。

 久我山さんの場合は、寝てても全然ダラしなく無くて、「相変わらず綺麗な顔をしてるな」と思った。


 久我山さんとは2学年違うし、ミイナ先輩や佐倉さんみたいにしょっちゅう一緒にいる訳じゃないけど、こうして無防備な姿を僕に見せるのは、少なくとも、僕が久我山さんに対して如何わしいことをしないと判ってるからだろう。それだけ信頼されてて、安心もされているということだと思う。



 学校では多くの男子生徒から人気があり、そして総務委員長としても立派な地位に居る先輩にそんな風に信頼されているのは、凄く誇らしくて嬉しかった。

 ウチの高校の生徒で、久我山さんのこんなにも無防備な寝顔を拝めた人は居ないのでは無いだろうか。 それだけレアな寝顔を僕には見せてくれることに、嬉しさを感じるのは当然だと思う。




 でも、信頼されてて嬉しいけれども、寝顔を見ているとイタズラしたくなるのが人間というもの。

 それにどうやら僕は、綺麗な女性の寝顔ほど、その衝動が顕著に現れるようだ。


 僕は、寝ている久我山さんの鼻を、ツンツン突いてみた。





「・・・くしゅん」



 何度かツンツンを続けていると、久我山さんはくしゃみをしたけど、目を覚まさなかった。


 久我山さんの可愛いくしゃみを聞けて満足した僕は目を閉じて、久我山さんの寝息を傍に感じながら寝落ちした。





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