#32 縮まる距離



「アラタくん、起きなよ。時間だよ」


 気持ち良く寝てたら、体を揺すられ起こされた。


 寝惚けながら体を起こすと、目の前で久我山さんが可笑しそうに笑いながら「すっごく気持ち良さそうに寝てたよ? 寝顔が可愛かったから写メ写しちゃった」とからかって来た。



「・・・午前中の作業で結構疲れましたから、熟睡しちゃってました」


 ぼーっとした頭で何とか言葉を返す。


「うふふ、頑張ってたもんね。それじゃあ午後のお仕事に行こうか」


「はい、午後もよろしくお願いします」


 お手洗いを借りて用を足して、顔をバシャバシャ洗ってから作業場に戻った。

 午後からの仕事も午前と同じように雑用メインで、黙々と働いていると、17時に終わるころにはクタクタになっていた。


 パートさんたちと一緒に片付け作業や掃除を終えて、「やっと終わったぁ」と声には出さずにぐでぇ~としてると、久我山さんのお母さんから「夕飯用意してるから、母屋においで」と声を掛けられた。


 ただのアルバイトなのにそれは申し訳ないし、帰って母さんの分も夕食を用意する必要があるので辞退しようと久我山さんに伝えると、「遠慮しなくてもいいから」と半ば強制的に母屋に連れて行かれた。


 仕方無いので直ぐに母さんに電話すると、『アラタの分も準備して頂いてるのなら無理に断るのも失礼だし、お言葉に甘えなさい』と言ってくれたので、夕飯もお呼ばれすることにした。




 洗面所で顔と手を洗うと、久我山さんがお庭に面した和室に案内してくれた。

 和室の中央に木製の立派な座卓があって、和食をメインに刺身や煮魚や煮物にエビフライにカキフライに唐揚げに酢の物にサラダにアサリの味噌汁他とご馳走が所狭しと並べられていた。

 後で聞いた話では、普段はこんなにも豪勢な食事では無いらしくて、今日はお客さん(僕)が居るから特別らしい。


 席は、お父さんとお母さんが並んで座り、それに向かい合う様に久我山さんと僕が座って、上座には久我山さんのお婆さんが座った。


 食事を始める前に、お母さんから「今日のお給料ね」と封筒を渡され、「ありがとうございます」と言って受け取ると、中身は確認せずにズボンのポケットにしまった。




 食事中は、お父さんがビールを飲みながら久我山さんや僕に学校のことなどを話しかけてて、僕は緊張しながらなんとか会話している状態。


 そんな僕を気にしてくれたのか、お母さんは「アラタくん、お代わりは?遠慮しなくても良いからね」と頻繁に声を掛けてくれて、久我山さんも「コレ美味しいよ。取ってあげるね」と甲斐甲斐しく皿にオカズをとっては勧めてくれていた。


 お父さんとの会話に気を遣うわ、折角お母さんが作ってくれたご馳走を残す訳にもいかないわ、久我山さんは先輩なのに僕の為に甲斐甲斐しく世話してくれるわで、無理にでも帰るべきだったと後悔するほど恐縮しきりで気が休まらなかった。



 緊張しながらも時間は過ぎていき、食事もほぼ食べ終える頃には19時を過ぎてたので、みなさんに何度もお礼を言ってからお暇することを伝えると、久我山さんが「見送るね」と外まで一緒に出て来てくれた。



 ガレージに停めていた自転車のところまで行くと、久我山さんが「こんなに賑やかな食事は、親戚とか集まった時くらいで凄く久しぶり。お父さんもお母さんも楽しそうにしてくれてたし、アラタくんのお陰だよ」と話してくれたけど、お陰も何も、アルバイトも食事もお世話になってばかりで僕の方がお礼を言う立場なわけで、「滅相も無いです」としか言いようが無かった。


 ガレージから出て、久我山さんの横に並んで自転車を手で押してながら話していると、久我山さんが生垣の傍にあった大きな石に腰を下ろした。 

 まだまだお喋りをするつもりなんだと思ったので、僕も自転車をその場で停めて、久我山さんの隣に腰を下ろしてお喋りに付き合うことにした。


 久我山さんはお喋り好きなのか、これまでも僕と二人の時に時間を忘れてお喋りに夢中になることがよくあった。 この時もそんな様子で、楽しそうに色々な話をしてくれた。

 お家や家族のこと、受験や将来の話、中学校や小学校の頃の話なんかもしてくれて、僕からも、邦画研究部で夏合宿する話やドキュメンタリー映画を作ろうとしてることなどを話した。


 気付けば外に出てから1時間近くお喋りしてて、「流石に帰らなくては」と、帰ることにした。


「また明日、おやすみなさい」と言って自転車に乗って走り出すと、久我山さんは「おやすみなさい。気を付けて帰ってね」と、僕が見えなくなるまでその場で見送ってくれていた。




 帰り道、今日の久我山さんのことを思い返していた。


 学校では、総務委員長として、そして去年も生徒会副会長として立派な地位に居る人で、生徒からの憧れや注目の的となる存在で、時には優しく時には厳しく、そして常に生徒達のお手本となる様な振る舞いを心掛けている様な人だ。


 でもお家だと、家族とは仲良くて、後輩の僕が来たからと甲斐甲斐しく世話をしてくれたり、楽しそうに食事したりお喋りに夢中になったりと、とても親近感を感じさせる様な、例えば親戚のお姉さん?みたいな人だった。


 ああいう人のことを、「良いお嫁さんになる」とか「お嫁さんにしたい人」とか言うんだろうな。

 綺麗で優しそうな雰囲気で、頭も良くて、気遣いが出来るし、働き者だし、たまにお茶目で可愛かったり、しかも実家は地元では有名な地主のお嬢様で。


 本当なら、僕みたいな冴えない普通の男子じゃ話し相手にもして貰えないような人なんだろう。でも、そういう人が仲良くしてくれるというのは有難いし、ちょっと誇らしい気持ちにもなった。





 家に帰ってから封筒の中身を確認すると、事前に聞いていた通り日当分の1万円が入っていた。


 母さんは自分で食事を済ませてて、用意出来なかったことを謝ると、「お付き合いも大切な仕事だよ。明日からもお呼ばれされたら、家のことは気にしないで良いからね」と言ってくれて、「代わりに、明日お礼に何か持ってった方がいいね」と手土産を用意してくれることになった。


 他にも仕事内容とかを母さんに話してから自分の部屋に戻ると、スマホに佐倉さんからメールが届いていたので、返事に初バイトの報告なんかを書いて送信した。


 その後、シャワーを浴びると直ぐに眠くなってしまい、この日はロクに勉強もせずに寝てしまった。





 翌日も久我山家で7時から17時までアルバイトをして、この日も夕飯にお呼ばれしたので、ご馳走になった。

 食事の後も昨日と同じで、外で1時間近く久我山さんとお喋りをしてから帰ったんだけど、二日目ともなると、久我山さんとの距離が縮まっている実感を感じていた。

 

 アルバイトを始める以前は、友達と言いつつあくまで先輩後輩としての距離感だったのに、久我山さんの部屋で一緒にお昼寝したり、夕飯をご家族とご一緒したり、帰り際に1時間も取り留めもない雑談をしてたからなのか、この二日間の間で、もう二人きりでも緊張とかドキドキとかしなくなってたし、言葉遣いもちょくちょく敬語が抜けてしまったりしてて、先輩と言うよりも友達という感覚のが強くなっていた。


 そんな風に仲良くなれたお蔭か、今度、遊びに行く約束をした。

 久我山さんの方から誘ってくれたんだけど、「受験勉強と総務委員のお仕事とお家のお手伝いとずっと忙しくて息が詰まりそうだったから、旅行とかパァっと遠出したい」と言われている。

 佐倉さんにも映画に誘われてるし、なんだかモテ期到来だ。


 とは言え、そこに恋愛感情があるのかどうかは微妙だけど。

 久我山さんの場合は、僕を異性として見ている訳じゃないような気がする。そもそも、久我山さんなら僕みたいな冴えない年下男子なんかよりも、もっと優良物件男子からいくらでも引手数多だろう。

 


 もしかしたら、男友達というよりも、弟の様な感覚かもしれない。

 簡単に自分の部屋に入れたり、無警戒に一緒に昼寝したり、僕の事は異性とは見てないんだろうね。







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