#39 海を目指す列車での語らい



 ミイナ先輩のお宅にお邪魔して色々と話し込んだ翌日は土曜日で、世間ではお盆休みに入った。



 そして、久我山家でのアルバイトは今日で最後となる。

 梨農園の収穫も落ち着き、僕のような臨時アルバイトは必要が無くなるからで、この夏は最終的には7日間入ることが出来た。

 お陰でパソコンを購入する目途を立てることが出来たし、部活や遊びに行くのにも資金面で余裕が出来た。

 アルバイトの仕事を紹介してくれた久我山さんには、本当に感謝だ。


 それでアルバイトも終了したので、久我山さんとの約束の海水浴に行くことになっていた。


 予定では、明後日の月曜日に、緑浜駅で待ち合わせして、電車で隣県まで移動して途中ローカル鉄道に乗り換えて太平洋に面する海水浴場まで行く。

 因みに、佐倉さんが心配していた『お泊り』という話は、佐倉さんには言えなかったけど実は久我山さんから「宿泊費は私が持つから」と提案されていて、それは全力でお断りしていた。

 部活での合宿ならまだしも、女性と二人きりでお泊り旅行など流石にウチの母さんが許可してくれない。というか、久我山さんのお父さんが怖すぎる。 なので、海水浴は日帰りでの旅行となった。




 当日は、佐倉さんと初デートした時と同じ駅構内のコーヒーショップで朝7時に待ち合わせた。


 自転車で駅まで向かい、約束の20分前にお店に着くと、既に久我山さんは来ていて、慌てて席に駆け寄り挨拶をすると「お店で朝食食べようと思って、早く来ちゃった」と教えてくれた。

 確かに、テーブルにはモーニングのセットが一人分置かれてて、久我山さんは食事の最中だった。



「アラタくん、朝食は?」


「僕は家で食べて来ました。 まだ時間あるしコーヒーだけ頂こうかな」


「うん、まだ電車の時間まで30分くらいあるからね、ゆっくりしよ」



 荷物を置いてから注文カウンターへ行き、アイスカフェオレを注文した。


 待ってる間、席で食事中の久我山さんの姿を遠目に眺めていた。



 今日の久我山さんは、農園での普段の仕事の時とは全然違う、なんていうか女性らしさ全開?だった。


 普段は肌の露出は控えめなのに、今日はミニのフレアスカートで生脚出してるし、トップスも肩を惜しげもなく出してて、角度によっては胸元も見えそうだ。 それに、髪型だって普段はハーフアップか団子にしてるかなのに、今日はゆるフワ風カールで降ろしてて、荷物もブランド物のバッグにスミレ色の花柄の日傘なんかも持ってて、こんなにも露出高めで気合入ったお洒落してるのは初めて見た。

 なんていうか、まだ高校3年生の独身なのに、『マダム』とか『若奥様』とかそんな言葉が頭に浮かぶほど、お上品な奥様感が滲み出てる。



 佐倉さんは、僕と久我山さんが遊びに行くことを「デートじゃないのか」と心配していた。

 ミイナ先輩は、久我山さんが僕のことを狙っていると断言していた。


 改めて、今日の久我山さんの姿を目にすると、二人が言っていたことを強く否定出来なくなっていた。


 とは言え、久我山さんに向かって「今日はデートなんですか?」とか「僕のこと、狙ってるんですか?」なんて絶対に聞けないし、結局のところは久我山さんの意向に沿う様にお供するしか、僕に出来ることはないだろう。




 7時になったので席を立ち、久我山さんの飲みかけのドリンクだけ持って残りのゴミを片付けてからお店を出て、直ぐ傍の券売機に向かうと、久我山さんが僕の分も切符を購入してくれた。


 慌てて自分の分を払おうとすると、「今日は全部、私が出すからね。 お父さんからも多めにお小遣い貰ってるから心配しないで良いからね」と言い出した。


「それは流石に不味いですよ」と払おうとしても、久我山さんは頑なに受け取ろうとしてくれなくて、電車の時間も近づいていることもあり、渋々諦めることにした。


 そして改札を通ると、久我山さんは何も言わずに僕の右腕に軽く手を回して来た。


「え!?」と驚いて久我山さんを見ると、ニコニコと笑顔なんだけど、何故だか無言の圧力を感じて、僕は逃げることが出来なかった。


『ああ、今日もこうなるのか』と直ぐに諦め、今度は僕の方から「荷物、持ちます」と言って、久我山さんのバッグと日傘を預かった。



 今なら、ミイナ先輩が日頃から言っている「腹黒女」と言う呼び名が分かるような気がする。

 久我山さん、普段の家とかだと本当に優しくて柔らかい雰囲気のお姉さんって感じなのに、学校で何かシリアスな場面とかになると表情と雰囲気がマッチしなくなるんだよね。

 ニコニコしてるのに怖いの。

 今の笑顔が正にソレ。

 怒ってる訳じゃないんだろうけど、『文句は言わせないからね』って言ってる様に見えるんだよね。


 だから諦めるしかないとは言え、今日も色々と気疲れしそうだ。




 特急列車に乗ると、ボックス席で向かい合って座った。

 久我山さんのバッグと日傘を頭上の棚に置いてから、僕も自分のリュックをペットボトルのお茶とタオルを取り出してから棚に置き、腰を下ろした。


 久我山さんは座ってからは終始ご機嫌で、最近家であったことや今日の旅行先のことなどを楽しそうに話してくれた。

 僕も、組んでた腕が解放されて少し気が楽になっていたので、久我山さんに合わせてリラックスしてお喋り出来ていた。


 そして、お喋りの中で判明したのが、先ほども少し話題に出たけど、今日の日帰り旅行のことは久我山さんのお父さんやお母さんにも話してあるらしくて、僕と二人きりで行くこともご両親は了承しているらしい。

 なんなら、お父さんは「これでアラタくんと美味しい物でも食べておいで」と言って、多めにお小遣いをくれたそうだ。

 アルバイトの度にお昼と夕飯とご馳走になってばかりなのに、こんな時までとは本当に申し訳ないのだけど、しがない高校1年の男子に対して、久我山家のおもてなしブリが行き過ぎてて、ちょっと怖い。


 これはもしかして、久我山家は将来僕を労働者として雇おうとしてるのでは無いのだろうか。

 その為の青田買いではなかろうか?との疑念すら湧いて来る。

 農業は人手不足で大変そうだからね。

 若い労働力は欲しいのだろう。

 そんな話を久我山さんやお父さんに聞いたら、絶対に「農業に興味あるのか!?」と薮蛇になること間違いないので、絶対に聞かないけど。


 それに、15歳で将来を決めるつもりはまだ無い。

 折角良い高校に入ったのだから大学には進学したいし、今は色々なことに興味あるから、選択肢を狭めたくは無いのが正直なところ。


 因みに、ウチの家系は教員一族で、既に亡くなっている爺ちゃんに婆ちゃん、それに母さんや父さんも教師だったので、みんな僕にも教師になってほしいみたいだった。でも、将来的には分からないけど、今の所教員には興味が無くて、母さんも口では「好きな道を選べばいいよ」とは言ってくれている。



 そして、こんな僕の家系や考えている将来の話も久我山さんに聞いて貰った。


 久我山さんは、そんな僕のことを「羨ましい」と言っていた。

 以前から度々聞いてはいたけど、久我山さんは一人娘で、実家の稼業を継がなくてはいけない立場だ。

 久我山さん本人は、そのことを否定的には考えていないようだけど、やはり僕の様な自由気ままな後輩のことを、羨ましく思うこともあるらしい。

 もしかしたら、将来の結婚相手だって自由に選ぶことすら難しいのかもしれない。

 個人の恋愛よりも、家業のお付き合いが優先されることだってあるだろう。 しかも、跡継ぎが女性となれば、お相手には婿養子となることが要求されるだろうし。


 僕のような子供には、想像すら難しいしがらみがあるのだろうとは思うけど、やはり僕のような子供には久我山さんの境遇を良い物にしてあげることは不可能だ。

 そんなことを考える事すら、きっと烏滸がましいことだろう。


 だから、僕に出来るのは、今の久我山さんを、お家のしがらみや受験のプレッシャーを少しでも忘れさせて、楽しい時間を過ごすことに協力することだけだろうね。



 そう結論づけて、久我山さんのお喋りに「うんうん」言いながら相槌を打っていると、久我山さんが思い出したかのように、新たな要求をしてきた。



「そうだ!今日こそ私のことは『リョウコ』って呼んでね! ずっと苗字で呼ぶからすっごく悲しかったんだからね!絶対にだよ!」



 おうふ


 久我山さん、ほっぺ膨らませてワザとらしくプリプリと怒ってる。

 本気で怒ってないのは分かるけど、久我山さんに向かって名前呼びは抵抗があるし、呼び捨てだなんてもっての外だ。



「ほら!呼んでみて!」


「リョウコ、さん?」


「リョ・ウ・コ! さん付けないで」


「リョウコ・・・ちゃん?」


「ちゃんもダメ。リョ・ウ・コ」


 久我山さんは目をスゥっと細めた。


 怖い。



「ムリです・・・僕にとって久我山さんは年上で尊敬する大先輩で委員会では上司だし、バイト先のお嬢様なんですよ。そんな方を呼び捨てには出来ません」


「うーん、真面目なアラタくんなら仕方ないか・・・じゃあ、譲歩して、『リョウコちゃん』って呼んでくれる?」


「二人で居る時だけですよ?・・・リョウコ、ちゃん?」



 僕が渋々要求に応じると、久我山さんは立ち上がり、ドスンと僕の隣にくっ付いて座り、僕の腕に抱き着く様に胸を押し付け、「なぁに? うふふ」と超至近距離で超満面の笑みを僕に向けて来た。


 座って抱き着いた勢いで、久我山さんのゆるフワの髪がふわっと掠めて、漂う久我山さんの良い匂いが濃さを増した。

 そして、グロスでツヤツヤな久我山さんの唇が目の前でプルプルと自己主張していて、目を奪われそうだ。


 佐倉さんやミイナ先輩の唇にも度々目を奪われることがあるけど、どうやら僕は女性の唇に性的な強い刺激を感じてしまうらしい。



 でも、年上で綺麗なお姉さんにこんな風にされるとドキドキするけど、やはりどこか恐怖を感じずにはいられなかった。





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