#38 真夏の恋バナ
佐倉さんとの初デートから三日後、映画の本番撮影を終えた。
と言っても、これまで連日カメラに慣れる為に撮影し続けていたので、本番の撮影の時も特に変わったことはしてなくて、むしろ意図的に特別なことは何もしない、極普通の日常の部活動を過ごしていただけだ。
後は、3人分の動画をチェックして、30~40分程度の1本の作品にする。 具体的には、僕の方でどのシーンを使うかを選んでいき、それを全部指示書に起こして、それに従って佐倉さんが編集ソフトを使って切り貼りする作業をする。
問題なのが、3人分の動画をチェックする作業だ。
一人当たり7時間以上あって3人で合わせると軽く20時間を超える動画を全部チェックしなくてはならない。なんなら練習撮影で残したデータもチェックする。
僕の家にはパソコンが1台有るけど母さんの仕事用(教員)で僕は触ることが出来ない物なので、誰かのを借りるなどしないと現状では動画が見れない。 スマホでっていうのも出来ないことはないみたいだけど、画面小さいし、流石に細かいチェックをするには無理があり過ぎる。
ということで、夏休みに入ってからバイトして溜めた資金から、パソコンを買うことにした。
購入に関しては、ミイナ先輩に相談したら、自作パソコンなら低予算で高いスペックの物が作れる上に、ミイナ先輩のお父さんが自作パソコンに詳しいとのことで、早速ミイナ先輩の自宅にお邪魔してお父さんにも相談に乗って貰うことにした。
その結果、お父さんが最終的に3万程度で本体を組んでくれて、ディスプレイも少し古くて使ってないのが余ってるからと、タダで譲ってくれることになった。
パーツを揃えたり組む作業もお盆休みにやってくれるそうで、完成したらミイナ先輩を通して最終的に掛かった実費も連絡をくれて、支払いも完成品の受け渡しの時で良いよと言って貰えた。
なので、部活での映画製作は、僕のパソコンが出来るまでは休止となった。
そしてこの日、ミイナ先輩のお父さんとの相談が目的だったとは言え、初めてミイナ先輩のお宅にお邪魔していた。
お父さんが在宅の時間ということで、夜の7時にお邪魔してたんだけど、要件が済んだので帰ろうとしたら、ミイナ先輩から「どうせだし、もうちょい居たら?」と言われ、ミイナ先輩のお部屋に移動して遊ぶことになった。
それと、ミイナ先輩のお母さんにもこの日初めて会って挨拶したんだけど、やっぱりミイナ先輩はお母さん似だった。しかも、お母さんはハーフで、ミイナ先輩はクォーターだった。
お婆ちゃんがイギリス人なんだって。今まで全然知らなかった。
外は暗くて結構な時間だったし、それでも遊ぼうって誘うのは何か他にも相談とか用事があるのかな?と思い、誘われるままミイナ先輩のお部屋にお邪魔すると、「てきとーに座ってていーよぉ」と言って部屋から出て行ってしまい、言われた通り適当に座って、部屋の中をジロジロと見まわして物色していた。
女の子の部屋に入るのは、久我山さんの部屋に続いて2度目だ。
どうして女の子の部屋って、良い匂いがするんだろう。
ミイナ先輩の部屋の中は、流石ミイナ先輩とも言うべきか、物が凄く多い。
鏡台にはメイク道具が所せましと置かれ、ハンガーラックには洋服が溢れそうになるほど掛かってて、流石女の子のお部屋と思う反面、なんか凄く高そうなパソコンやモニターが設置された机には専用のゲーミングチェアまで置いてあるし、それとは別にテレビもあって、テレビラックの下には映画のDVDやBDがぎっしり入っていた。
そして、ベッドやローテーブルには、女性誌やシネマ関係の雑誌が乱雑に放置されてて、それなりに整理整頓はされてるので汚部屋とまではいかないけど、兎に角物が多い部屋だった。
ミイナ先輩って、以前からなんとなく感じていたけど、一見可愛くてお洒落な女の子って感じの陽キャに見えて、実はインドア派で、外で友達とかと遊ぶよりも、家でゴロゴロしてたいタイプなんだろうな。だから、僕や佐倉さんと気が合うのだろう。僕も佐倉さんも同じインドア派だからね。
ミイナ先輩は、ジュースとスナック菓子を持って戻ってくるとそれらをローテーブルに適当に置き、スナック菓子の袋を開けて「アラタもてきとーに食べて」と言って、ポリポリお菓子を摘まみだした。
「頂きます」と言って、お菓子を摘まみつつジュースを頂くが、ミイナ先輩はゲームとか何かを特に始める様子は無い。
なにか用事が有って誘ってくれたと思ったけど、雑談しながらお菓子を摘まんでいるだけだ。
その雑談の内容も、僕のバイトの話や、佐倉さんとのデートの話とか、ミイナ先輩の両親やお婆さんの話やミイナ先輩のパソコンの話とかで、特に何か重要な相談とかも無く、普段の部活の時のダラダラ過ごしているのと全然変わらない。
敢えて言うなら、ここには佐倉さんが居なくて、久しぶりにミイナ先輩と二人きりだということくらいだ。
最初は女の子のお部屋ということで少しは緊張していた僕も、ミイナ先輩とは4月に知り合って友達になってから毎日の様に顔を会わせてるし、お互い気を遣わない気心知れてる相手ということで、直ぐにリラックスしてダラダラしていた。
そんな緩々な時間を過ごしていると、ようやくミイナ先輩が「そう言えばさ」と切り出してきた。
「うん?なんでした」
「アラタはさ、カノジョとか作る気ないんでしょ?」
「そうですね。勉強と部活に委員会とか今は週末のバイトもあるし、恋愛してる余裕はないですね」
以前ミイナ先輩にも僕がしばらく恋愛する気が無い話はしたことがあった。
「じゃあさ、佐倉ちゃんのことはどーすんの?」
「へ?佐倉さん?どうして佐倉さん?」
「はぁ?それマジで言ってんの?」
「ええ、僕はいつでも真面目ですよ」
「いやさ、佐倉ちゃんってアラタの事、ちょーラブでしょ?」
「佐倉さんのは、ラブというよりも、オタク愛って感じでは?」
「あー、アラタはそう受け止めてんだ。 言っとくけど、そんなんポーズでしょ。あの子の場合は本人が異常にモテるから色々複雑な事情もあって、堂々と恋愛的な行動が取れないんだろうけど、本音のトコは、アラタのことが好きで好きで仕方ないって感じだと思うよ?」
「うーん・・・」
佐倉さんが僕に対して恋愛的な好意を持ってるのではないか?と思うことはこれまでも度々あったけど、その可能性を考えるとどうにも違和感を感じるんだよね。
例えば、初デート!と言って手を繋ぐまでしてても、僕に対しては一切恋愛的な話題を出さない。
彼氏が欲しいとか、恋人が居る友達を羨ましがったりとかの話題は佐倉さんの口から聞いたことが無い。
佐倉さん本人が多数の男性から告白されて断っている話も全部須賀さんからの情報だけで、佐倉さんから相談とかされたことも無い。
なので、佐倉さんは僕と同じで、恋愛をするつもりが無いのだと僕は考えている。
「因みにだけどさ、腹黒女もアラタの事狙ってるっぽいけど、あの女はダメだよ」
「へ?久我山さん?どうしてココで久我山さんまで?」
「いやいやいや、あの女こそ分かりやすいじゃん!」
「そうですか? 久我山さんは僕のこと、弟程度にしか思ってないと思いますよ?」
「はぁ?なんでそーなんのよ!?それとも狙って鈍感なフリしてんの? あの女が特定の男子に入れ込むのなんて、私が知る限りじゃ初めてだよ?あの女、言い寄って来る男を次々と上手い事言いくるめては手懐けるけど、特定の男と仲良くしてるって話は聞いたこと無いからね?」
「じゃあ僕もそうなんじゃないですか?」
「違う。全然違う。 アラタ、あの女の親にも会ってるんでしょ?そんなことした男なんてアラタだけだと思うよ」
「だから、弟扱いなのでは?」
「なんか、アラタの話聞いてて、頭痛くなってきたわ・・・。 兎に角、あの女はダメ。腹黒女と佐倉ちゃんの2択なら、どー考えても佐倉ちゃんしか無いからね?」
「はぁ、考えておきます。 でも、僕のことなんかよりもミイナ先輩はどうなんですか?彼氏とか作んないですか?ミイナ先輩こそ、モテそうに見えるんですけど」
「私は恋愛は懲り懲りだね。 今はアラタや佐倉ちゃんと仲良く部活してんのがちょーど良いのよね」
「まぁ確かに映研の時みたいなのは、もう勘弁でしょうしね」
「そうそう。アラタはそーゆー変な気起こす心配ないし、佐倉ちゃんも女同士のうっとおしいしがらみみたいなの全然無いし」
「そうですね。佐倉さんこそそういうので苦労しそうな感じありますし、本人はそういう女の子同士の妬みとか陰口とか一切言わないタイプですね」
「まぁ、アラタがこの先、カノジョ出来なくて寂しいって思う様になったら、私がカノジョになってあげるよ」
突然そんなことを言い出したミイナ先輩の顔をまじまじと見つめると、いつもと同じニコニコとアヒル口の可愛らしい笑顔で僕を見つめ返していた。
恋愛は懲り懲りと言っていたので、多分、ミイナ先輩にとって今の発言は、特別な告白では無くて、友達付き合いの延長の様な当たり前の考えなんだろうと思えた。
なので僕も精一杯、当たり前の事のように返した。
「ははは、マジでそうなりそうでちょっと怖いけど、その時は是非お願いしますね」
「ふふふ、おっけー!」
ミイナ先輩、気が合うし、容姿も可愛いからね。
こんな人が恋人になってくれたら、きっと毎日が楽しいだろうね。
けど、僕が恋人を作りたいと思うような時が来るのだろうか。
今の自分では、そんな時が来るとは全然イメージ出来ない。
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