#26 遠慮と気遣いの関係



 緑浜高校では5月の下旬に1学期の中間テストが行われ、それが終わると制服は冬服から夏服に衣替えして、学校全体の雰囲気もGW前の4月に比べて活気づいてきた。


 僕達の様な新入生は学校生活に慣れ始めたことで日々を楽しむ余裕が生まれ、2年生は先輩となったことで後輩を引っ張って行く立場として責任感が芽生え、そして3年生は高校生活最後の年となるので思い残すことが無い様にと部活や受験勉強を頑張っているのだろう。


 こういう空気は中学時代には味わえなかった。

 どの部活動でも皆さん活き活きしてるし、どの委員会でも忙しくしてて、そんな中に居たら、中学の頃だったら遠目に眺めるだけだったけど、今の僕なら「頑張るぞぉ!」という気力が湧いてくる。



 そんな僕が所属する邦画研究部では出来たばかりの新しい部活だと言うのに、佐倉さんの勧誘問題解決が切っ掛けで校内では少しばかり話題となった。

 周りの人たちからは、邦画研究部を略して『ホーケン部』と呼ばれることが多くなって認知されるようにもなり、お陰で入部希望者が数名来た。 けど、その全てが明らかに佐倉さんやミイナ先輩目当てだったので部内規則に則り、部員全員の入部許可を得て入部出来た人は一人も居なかった。



 そして邦画研究部だけでなく、僕自身にも影響があった。

 1年生の間では美人として有名人だった佐倉さんを演劇部1年のイケメン男子山路の強引な勧誘から守ったことが噂として広まり、同じ様に部活関連のトラブルを抱えた1年生から相談を持ち掛けられることが増えた。


 そういった相談は本来総務委員会に持ち込むべき案件なんだけど、1年生にとっては総務委員会に直接相談するというのは敷居が高く感じるらしく、『ホーケン部の進藤』としてなら敷居が低いらしい。


 そんなこともあり、邦画研究部では僕が不在時にも僕を訪ねて来る生徒さんがチラホラ居た為、放課後の部活参加は週2だったのに結局毎日部室に顔を出す様になった。

 因みに、部長のミイナ先輩は相変わらず毎日お昼も放課後も部室に入り浸ってて、佐倉さんも放課後は毎日部室に来ていた。


 総務委員会の方で、同じ1年生からの「部活動からの勧誘トラブル」に関する相談が僕の所にちょくちょく来ていることを相談していて為に、久我山さんから『書記としての最低限の仕事(業務日誌の提出)さえすれば、他は自己判断での対応を任せる』と言って貰えたので、その日の都合で総務委員会に顔を出してから部室に行ったり、総務委員会には行かずに部活したり、部室で他の生徒さんの相談を聞いて対応したりと、僕も部室中心の活動となっていた。



 それと、ミイナ先輩から「アラタは佐倉ちゃんを家まで無事安全に送って行くこと!」と部長命令が下っていたので、毎日佐倉さんと一緒に下校するようになっていた。

 製菓部に入部した須賀さんや、総務委員長の久我山さんとかもタイミングが合えば一緒に帰るけど、二人だけで下校することが多くて、そういう日は、学校からは僕の家のが近いのに佐倉さんの家まで送ってからUターンして自分の家に帰ると言う非効率な下校ルートになっていた。


 けど、中学時代に比べて時間に余裕があったし、ミイナ先輩と同じく僕も山路の件があってからは佐倉さんの身の安全は心配だったし、それにこうして同級生の女子と一緒に下校という青春らしい時間は、高校入学時に思い描いていた憧れの高校生活そのもので、僕自身も内心喜んで毎日佐倉さんと一緒に下校していた。





 そんな佐倉さんは、入学当時は僕の前では緊張して目も合わせられず会話もまともに出来なかったり、情緒不安定で泣きだしたりしてたけど、邦画研究部に正式入部してからは、かなり改善されて落ち着きつつあった。


 一緒の部活になったことで、教室だけでなく部室で一緒に過したり、いつも一緒に帰る様になったから会話する時間も増えてたし、メールでも僕の方が慣れてきたのでやり取りの頻度は相当増えていたから、佐倉さんも僕に対して緊張しなくなっていたのだろう。


 佐倉さんの会話の内容は、相変わらずアニメや好きな声優さんの話題が多いけど、それ以外の話題でも勉強のことや部活のことは話すし、僕が転校していなかった小学校や中学校の頃の話を聞かせてくれることもある。


 そんな話をするときの佐倉さんは、興奮して早口になったり、穏やかな表情で丁寧な敬語だったりと、色々な表情を見せてくれるけど、泣き出す事はほとんど無くなっていた。 

 でも、どことなく遠慮しているのを感じる。


 上手く言葉にして説明出来ないけど、一歩引いてるというか、線引きしてるのかな?

 仲良くはなれていると思うけど、冷静な時の佐倉さんはフレンドリーな態度や言葉は僕に対しては出さない。 小学校の頃の佐倉さんに対して抱いていたイメージで、異性が苦手なのかな?とも思ったけど、須賀さん情報では、確かに小学校の頃はそうだったらしいけど、中学の頃にはだいぶ異性とも話せるようになってたらしい。

 確かに、今のクラスの中でも古賀くんや他の男子生徒とはにこやかな表情で話しているのをよく見かけるし、あの山路とだって最初は仲良さそうにしてたからね。



 そして、僕も佐倉さんに対して、まだまだ気を遣ってしまっている自覚がある。

 中学の頃の周りの同級生たちとの付き合い方が今でも無意識に出てしまうのもあるだろうし、佐倉さんは僕のことをずっと覚えてくれてたのに僕は忘れてて、しかも誤解して嫌われていると決めつけ距離を取っていたことが後ろめたかったり、そして、僕の言動が原因でまた情緒不安定になって泣かせてしまうのでは無いかという不安があったりで、そういったモロモロがあって、どうしても気を遣ってしまう。


 なのに、ミイナ先輩にはそういう気の使い方はしてないと思うので、もしかしたら佐倉さんにもミイナ先輩にも僕のそういう態度はバレてしまっている可能性もある。


 もうこんなことを悩んでいる時点で、気を遣い過ぎてるのかもしれない。

 クラスの親睦会の時に、佐倉さんから歩み寄ってくれたことや、小学校の頃からずっと忘れずにいてくれたことは素直に嬉しかったし、本当は佐倉さんとはもっと気の置けない関係を築きたいとは思うけど、今はまだどうしたらもっと仲良くなれるのか、お互い遠慮や過度の気遣いを減らせるのかが分からなくて、中々悩ましい。



 それで、小学生時代の友達であり、今でも共通の友達でもある須賀さんにそのことで相談してみたことがあった。 


 須賀さんは、「ナナちゃんのは遠慮じゃないよ。憧れの気持ちが強すぎるんだよ。『尊すぎて直視出来ないよぉ~』とかよく言ってるし、ナナちゃんのなかではアラタくんは神に等しい存在なんだよ」と教えてくれた。


 いくらなんでもただの同級生に『神』というのは大袈裟に言ってるだけなんだろうけど、そんな風に言われるとどうしても意識してしまう。


『佐倉さんは僕に対して恋愛的な好意を持ってるのかな?』



 これまでも須賀さんの話の中で、そう匂わせるような話は何度もあった。

 でもそんなこと、佐倉さんにも須賀さんにも聞けない。

 違ってたら、マジで自意識過剰の痛い奴だ。

 しかも、美人で高嶺の花で人気者の佐倉さん相手になんて、「コレだから童貞は」って言われるパターンだ。


 まぁ冗談はさておき、冷静になって考えると、そういうの(恋愛的な好意)は無いだろうと思う。

 佐倉さんはメールで、僕のことを『憧れ』だと言ってくれたけど、最近感じるのは、アニメのキャラとか好きな声優さんと同列なんだと思う。

 事あるごとに「尊みが深すぎて辛いです!」とか「一生推します!」とか言ってるし、『憧れ』っていうのは完全にオタク目線の話だろう。 


 佐倉さんの様な誰もが羨むような綺麗な人にそう言って貰えるのは勿論嬉しいけど、でも浮かれてしまって勘違いだけはしないようにしたいところだ。



 それに、佐倉さんは相変わらず他の男子生徒からの呼び出しやら告白やらがあるらしいけど、全部断っているそうで、本人からは僕にそのことを話さない。

 須賀さんは、佐倉さんのことを『ず~っと恋してる』と言っていたけど、多分それは違うと思う。いまの佐倉さんは僕と同じで、恋人を作る気が無いんじゃないかって思う。


 ただし、僕とは違って、告白だナンパだとしょっちゅう怖い思いをしてるだろうから、そういう恋愛とかに良い感情を持ってないのかもしれないな。モテる人ならではの悩みなんだろう。


 だから、せめて僕は同級生として、そして同じ邦画研究部の仲間として、あまり意識せずに自然な友達付き合いが出来るようになれるのが、今後の目標になるのかな。





 


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