#16 トラブル再び
立ち上がった佐倉さんは、少し離れた別のテーブルまでスタスタと歩き、置かれたトレイに乗ってるドリンクバー用の空グラスを両方の手に1つづつ持った。
僕が唖然とその後ろ姿を眺めていると、背中を向けたまま「ヨシ!」と何故か気合いを入れるような声を発して振り返り、スタスタと歩いて戻って来きて僕に向かって右手を伸ばしグラスを差し出して、「アラタくん!私と一緒にドリンクバーに行って下さい!」と大きな声で誘ってきた。
「あ、ああ・・・はい」と動揺しながら答えて差し出されたグラスを受け取ると、佐倉さんはもう1つのグラスを両手で持って、先ほどの様に顔を真っ赤にして俯き、モジモジし始めた。
周りを見ると、みんな驚いた顔を僕たちに向けて固まっていた。
唯一、前でマイクを握って歌っていたクラスメイトの男子だけがコチラの状況に気付かずに、気持ち良さげな顔で下手くそな歌を歌い続けていた。
僕が立ち上がり、入口でドアを開けて「先にどうぞ」と佐倉さんへ先に出る様に促すと、佐倉さんは俯いたまま部屋の外へ出て行き、部屋に残っているクラスメイトの何人かから、「行ってらっしゃ~い!」とか「頑張って~!」と声を掛けられた。
ドアの取っ手を握ったまま彼らに視線を向けると、離れた席に座っていた瀬田さんと視線が合い、両手で拳を作って「ファイト」のジェスチャーで励まされ、なんだか気恥ずかしくなってしまい、佐倉さんの後を追う様にサッサと部屋を出た。
通路で佐倉さんが待っていてくれたので傍によると、二人並んでドリンクバーのコーナーへ向かって歩き出した。
歩いてる間、二人とも無言だったけど、先ほどよりは空気は重くない。
僕はクラスメイトたちから言われた『頑張って~!』の意味を考えていた。
ドリンクバーに行くのに何を頑張れと言うのだろうか。
この店のドリンクバーは頑張らないと美味しいドリンクが入手できないような特殊なシステムとかなのかな?
いや、冗談はさておき、あの『頑張って~!』は、僕と佐倉さん二人の関係のことだろう。
佐倉さんが自分の意思で僕の隣に座っていたのは、ほぼ間違いない。
そして、クラスメイトたちはみんなそのことを気にせずに、普通にカラオケを楽しんでいた。
つまり、佐倉さんの意思をクラスメイトたちは理解してて、忖度して佐倉さんの邪魔をしないようにしていたと考えられる。
そして、何かを決意した佐倉さんが僕に向かって名指しでドリンクバーへ誘うと、みんな一度驚きはしたけど、応援して送り出してくれた。
こういうのを「外堀を埋められる」と言うのだろうか。
中学生の頃と違って、クラスメイトたちの温かく見守ってくれてるような態度は純粋に嬉しい。
だけど・・・
滅茶苦茶戸惑う!
どうすればいいの!?
こういうときどんな顔してればいいの!?
須賀さん情報では、佐倉さんは僕のことを小学校の頃からずっと忘れられなくて、再会したとき思わず泣いてしまった程で、それは懐かしいからなのか?それとも恋愛的な意味が含まれるのか?
いや、流石にそれは飛躍しすぎかな。
無言でぐるぐる考えながら歩いていると、不意にパーカーの裾を引っ張られた。
立ち止まって、服を引っ張ったであろう佐倉さんを見た。
「ど、ドリンクバー、ココだよ・・・」
考え事してたら通り過ぎそうになってしまった。
「あ、ごめんなさい。考え事してた」
「ううん」
ドリンクバーのコーナーには、他のお客さんが4~5人居て、順番待ちの状態だった。
佐倉さんと一緒に順番待ちの最後尾に並び、「何、飲もうかな」と考えながら、ドリンクのレパートリーを確認した。
僕は貧乏性なのか、ドリンクバーでは色々な種類のドリンクを飲みたくなる派なので、頭の中でいくつか候補をピックアップしていた。
最初は果汁30%オレンジで、次はアイスカフェオレ。
炭酸も飲みたいから次はジンジャーエールにしよう。
ホットも飲みたいな。ミルクティーもいいな。
でも甘いのばかりだと太りそうだし、微糖コーヒーにしようかな。
僕たちの順番になったので、先に佐倉さんへ譲ると、佐倉さんはカルピスをチョイスした。
カルピスもいいな。
でも先ほどから喉がカラカラで柑橘系の強めの酸味で喉を潤したいから、やっぱり最初は果汁30%オレンジだ。
こういう時は男らしく、一度決めたことは貫き通すべきだろう。
佐倉さんのグラスがカルピスで満たされ、横にずれてドリンクディスペンサーを空けてくれたので、自分のグラスをセットして果汁30%オレンジのボタンを右手の人差し指で押した。
色々な種類をお代わりする為には、ほどほどの量に注意する必要がある。飲み過ぎると色々飲めなくなるし、適度な量が大事だ。
適量を見逃さないようにドボドボドボとグラスに注がれる果汁30%オレンジの水位を見つめながらボタンを押していると、背後で他のお客さんが騒ぎ出した。
「ちょーカワイイ子いるじゃん!」
「うわホントまじカワイイ!」
「ねね!キミ、大学生?」
「女の子だけで遊びに来てんの?俺らと一緒に遊ばない?」
うるさいなぁ
果汁30%オレンジの適量を見定めるのに気が散るじゃないか。
「え、いや、あの・・・」
ナンパされていたのは、佐倉さんだった。
ボタンから人差し指を離して、慌てて佐倉さんを守ろうとナンパしている二人組の前に強引に体を割り込ませて、「連れなんで、止めてくれませんか」と言い放つ。
一人は茶髪のパーマでもう一人は黒髪の前髪をサイドに垂らしたチャラチャラした感じで、大学生っぽく見えた。
「は?なにコイツ」
「俺らこの子と話してんだけど、邪魔すんな」
「日本語理解出来ないんですか?連れだって言ってるの分かりませんか?バカなんですか?サルなんですか?」
「はぁん?テメ、舐めてんのか?」
果汁30%オレンジをグラスに適量注ぐ作業を邪魔された僕は、少しイライラしていた。
「ええ、舐めてますよ?ブサイクな顔してチャラチャラナンパしたって相手になんてされないのにバカだなぁって」
「テメちょーしにのんなよ!」
そう言って怒り出した茶髪にパーカーの胸元を掴まれたので、その手首を握って捻り、更に目一杯握る手に力を込めた。
「イテテテテ!やめろ!離せよ!」
握った手首をグイグイ捻りながら茶髪の訴えを無視して、キモイ前髪の黒髪に向かって「あんまり騒ぐと、店員呼びますよ?」と警告する。
「わ、わかったから離せよ!」
キモイ前髪の黒髪も直ぐに降参したので茶髪の手首を離してあげると、二人組は悔しそうな顔で舌打ちして、この場から離れて行った。
二人組が見えなくなるまで見届け、何とか無事に解決出来たことに安堵した僕は、ドリンクディスペンサーに置きっぱなしのグラスが他のお客さんに盗られてしまわないか心配になり、果汁30%オレンジをグラスに適量注ぐ作業に戻ることにした。
すると、ココまで大人しくしていた佐倉さんにパーカーの裾を引っ張られた。
「うん?」と言って佐倉さんの方へ振り向くと、佐倉さんは涙を溜めた瞳をウルウルさせて、真っすぐに僕を見つめていた。
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