#15 踊るカツオ節
ギョッと驚いて、腰を浮かせて手を伸ばした姿勢のまま硬直してしまった。
僕の動揺が伝わったのか、佐倉さんは僕から視線を逸らして俯いた。
今、僕が座る座席は二人掛けのソファーで、右は壁で左には佐倉さんが座っていて、佐倉さんの左は、部屋の入口だ。
とりあえず、受け取ったタコ焼きの皿を目の前のテーブルに置いて、正面を向く様に座り直す。
タコ焼きは熱々の様で、トッピングされたカツオ節がウネウネと動いている。
正面では、マイクを持ったクラスメイトの女子が、バラードを熱唱していた。
チラリと横目で佐倉さんの表情を覗うと、佐倉さんもコチラの様子を伺っていたのか視線が合ってしまい、慌てた様子で俯いて視線を逸らされた。
カラオケで盛り上がるクラスメイト達とは対照的に、ココだけ空気が重い。
とても、気不味い。
注文したタコ焼きが来たらドリンクバーに行こうと考えていたけど、今このタイミングで席を立つのはあからさま過ぎる。
この状況からの逃げ道が見当たらない。
いや、逃げる必要は無いはずなのだけど、明確な理由は自分でも分からないけど、逃げ出したくてたまら無い。
一旦落ち着こう。
動揺しているから、正常な判断が出来ないんだ。
相変わらずウネウネしているカツオ節を見つめながら、頭の中で状況の整理を始めた。
このクラスでは佐倉さんはとても人気者だ。
先ほど、店内に入る前も佐倉さんの周りには多くのクラスメイトが集まってて、佐倉さんはみんなから話かけられていた。
本当なら、みんな佐倉さんの隣や近くに座って、一緒に歌やお喋りを楽しみたかったはず。
だけど、実際にはそうならずに佐倉さんは僕の隣に座り、誰かとお喋りをしている様子はない。
ただ黙って、僕の様子を伺っている様に見える。
クラスメイトたちから「一緒に歌おう」とか「隣に座りたい」など誘われたのに、それを断って自分の意思で僕の隣に座ったのだろうか。
もしかしたら逆に、クラスメイトの誰かが気を遣って、僕と仲直りさせようと隣に座らせたのかもしれない。
須賀さん情報から佐倉さんの性格を想像すると、どちらの可能性もありうる。
つまり今のこの状況は・・・
室内に居るクラスメイトたちをグルリと見渡すが、みんな楽しそうにお喋りしたり歌ったりと、誰も僕達のことを気にしている様子はない。
今度は横目では無く顔を向けて佐倉さんをガン見した。
また視線が合い、慌てた様子で俯いて視線を逸らされた。
そのまま表情を見続けていると、再び顔を上げてコチラに視線を向けるも、僕が見つめているのが分ると慌てて俯いて視線を逸らしてしまう。
そして、心配になるほど顔が充血して真っ赤っかになった。
「大丈夫?」と声を掛けようとすると、佐倉さんは俯いたまま「そ、そそそんなに見つめないでください」と訴えて来た。
「ごめんなさい」と謝罪して、視線をタコ焼きのカツオ節に戻した。
見ないで欲しいのに、なぜ隣に座ったんだ。
訳が分からなすぎる。
まさか、本当は僕の隣になんて座りたく無かったのに、席取り合戦に出遅れて僕の隣しか空いてなくて、嫌々座ってるのだろうか。
いやいやいや、流石にそれは無いだろう。
もし座るところが無ければ、誰かが佐倉さんに「こっちに座ったら?」とか声を掛けて自分の近くに座って貰おうとするだろう。
それに、須賀さん情報とも矛盾してしまう。
やはり、僕の隣に座っているのは、何かしら佐倉さんの意思が絡んでいると考えるべきだ。
居心地が非常に悪くて、喉もカラカラになってきた。
ぐるぐると先ほどから考えているけど、この状況を打破する解決策が何も浮かんでこない。
ストレスで胃液が逆流してきた。
ゲボ吐きそうだ。
「あ、あの!」
突然、佐倉さんが声を発した。
「ひゃい!」
脊髄反射で返事したら、噛んでしまった。
「た、タコ焼き、冷めちゃいますよ・・・」
「へ?」
確かに、受け取ってテーブルに置いてから手付かずのままだ。
だけど、気にするの、ソコ?
いや、これはこの状況を打破するチャンスかもしれない。
僕はタコ焼きに刺さった楊枝を右手で掴んで1つ持ち上げ、自分の口に放り込むと、もう1つ楊枝を掴んで持ち上げ、落としても大丈夫なように左手を添える様にして佐倉さんへ差し出し、モグモグさせながら「佐倉さんも1つどうです?」と声を掛けた。
佐倉さんは声が出せない様子で、あわあわと慌て始めた。
食べるなら早くしてくれないと、本当に落ちてしまう。
どうした佐倉さん?
ココのタコ焼き、結構美味しいよ?
あ!
もしかして、青のりを気にしてるのだろうか?
今日の佐倉さんは、気合いの入ったお洒落さんだ。
なのに、歯に青のりなんか付いていたら折角の気合いのお洒落全てが台無しになってしまう。
佐倉さんにタコ焼きを勧めるのは早計だったか。
タコ焼きの味を共有することで、会話の切っ掛けになればと考えての行動だったけど、ミスしてしまったようだ。
女性の扱いが下手くそな自分が嫌になってくる。
咄嗟に思いついた作戦だったけど失敗したと判断して、差し出してたタコ焼き引っ込めて自分で食べようと何も言わずに自分の口に持って行くと、佐倉さんは「あぁ・・・」と声を漏らして、悲しそうな表情を浮かべた。
口に放り込む直前に手を止めて、「やっぱり食べます?」と訊ねると、今度は物凄い勢いで首を縦にカクカク振ってる。
「じゃあ、どうぞ」と言って、タコ焼きを佐倉さんに手渡そうとすると、佐倉さんはタコ焼きに刺さっている楊枝では無く僕の右腕を両手で掴み、タコ焼きを一口でパクリと食べた。
佐倉さんは掴んでいた手を離すと、手で口元を隠して咀嚼している。
その様子を、ぼーっと眺めてしまう。
薄いピンク色のグロスでテカテカした唇を開けてタコ焼きをパクリと頬張るその表情に、強烈なエロティシズムを感じてしまい、網膜に焼き付いてしまった。
この人、本当に同じ高校1年生なのだろうか。
セクシー過ぎる。
「そ、そんなに見ないでください・・・」
「あ、ごめんなさい」
咀嚼を終えた佐倉さんに注意され、我に返った。
慌てて座り直す様に正面を向いて、残ったタコ焼きを見つめた。
カツオ節はもうウネウネしていなかった。
また重い空気に包まれ始めた。
相変わらず喉はカラカラだ。
困ったぞ。
タコ焼きの味を共有して会話をするつもりだったのに、佐倉さんのセクシーな唇のインパクトが強すぎて頭から離れず、弾んだ会話が出来る気が全くしない。
「あの!」
重い空気を打ち破るように、再び佐倉さんが声を発した。
「ひゃい!」
また噛んでしまった。
「ど、ドリンクバーへ行きます!」ふんす!
「へ?」
佐倉さんはそう言うと、勢いよく立ち上がった。
両手の拳を力強く握り、鼻息は荒く何かを決意したかの様な表情だ。
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