#41 大っ嫌い!
僕達の眼前には水平線まで見渡せる太平洋が広がり、砂浜には家族連れやアベックの利用客がまばらに点在していた。
時間はお昼前で日差しはジリジリと強く、僕達二人はビーチパラソルの陰に隠れる様に体操座りで肩を寄せ合って座り、太陽の光が反射してキラキラしてる海原を眺めていた。
久我山さんはパーカーのフードを頭にすっぽりと被り、しっかりと閉じた脚を両手で抱える様にして胸元も隠し、じっと動かず置物と化していた。
そして僕も、浜辺まで来たは良いけど、目の前に広がる海を前に戸惑っていた。
「僕、海で海水浴するの初めてなんですけど、海水浴って何して遊ぶのが普通なんですか?」
「実は、私も初めてなの」
「へ?そうなんですか? 更衣室が混雑するとか荷物の防犯とか詳しかったから、てっきり海水浴経験者かと思ってました」
驚きながら久我山さんに視線を向けると、久我山さんは僕の方へ顔を向けながら頭を腕にのせて、唇を尖らせ釈明を始めた。
「だって、アラタくんと初めてのデートだから失敗したくないでしょ? だからネットとかで海水浴の失敗談とか気を付けるマナーとか色々調べて、この海水浴場を選んだのだって、ホテルの口コミ情報とか全部確認して、これなら完璧だよっていうプラン作ったんだもん。 でも準備は完璧だったけど、何して遊ぶかまでは考えて無かったの」
そうですよね、久我山さんの認識ではコレはデートですよね。
お洒落もメイクも気合入ってたし、今朝からの様子で、そうじゃないかとは思ってましたよ。
「とりあえず、折角頑張って浮き輪膨らませたんだし、海に入ってみます?」
「・・・でも私、泳げないから」
「へ?マジですか?」
「うん。体育の授業とかでも5メートルくらいしか泳げなかったよ」
ならどうして、海水浴に行きたいと言い出したんですか・・・
「わかりました。 泳がずに、波打ち際で脚だけ浸かって遊ぶことにしておきますか」
「波にのまれて溺れたりしない? アラタくん、手を離さないでよ?溺れたら助けてくれるよね?」
「大丈夫ですよ。もし何かあっても命に代えても助けますから」
「ホントだよ?絶対に手を離さないでよ?」
「ええ、ちゃんと掴んでますから」
「ホントだよ?」
グダグダと埒が明かないので立ち上がり、久我山さんの正面から両手を掴んで引っ張る様に無理矢理立ち上がらせた。
浮き輪を手に取り久我山さんの頭からスポッと通すと、パーカーのフードを被った状態で首輪の様に浮き輪を乗せて情けない表情を浮かべている姿が安っぽいコントの宇宙人みたいで、久我山さんらしからぬ間抜けな姿にちょっと笑ってしまった。
「もう!なんでニヤニヤしてるの!本当に怖いんだからね!」
「分かりましたって。分かりましたからそんなに興奮しないで」
そう言って、間抜けビジュアル要素である浮き輪を一旦外して、被っていたパーカーのフードも頭から外してあげた。
うん。コレならいつもの可愛い久我山さんだ。
だけど、久我山さんは勘違いしてしまったらしく「もう、言ってくれればちゃんと見せたのに。うふふ」と言いながらパーカーを脱いで、水着姿の全身を披露してくれた。
「いや、そういうつもりじゃないんですけど。別に脱がなくても良いですよ」と言おうとしたけど、先ほどまでプリプリ怒ってたのが嘘の様に機嫌が良くなっていたので、言うのは止めておいた。
そして機嫌が直った久我山さんは、「写メ撮ろう!初めての海水浴の記念に海をバックにね!」と言ってスマホを取り出し、僕の腕に左手を絡ませると、スマホで僕達二人を何枚も自撮りした。
僕は自撮りを撮る習性は無いのだけど、『初めての海水浴の記念』と聞いて、僕も撮ってみたくなったので、自分のスマホで生まれて初めて自撮りを数枚写した。
角度を変えながら撮影したあと画像を確認すると、緊張して無表情の僕とは対照的に、久我山さんは凄く楽しそうな笑顔で僕の腕に抱き着いてて、『知らない人がこの画像見たら、恋人同士だって思うんだろうな』と思うようなツーショットだった。
でも、久我山さんの豊満な胸の谷間がしっかり写ってて、エロすぎて絶対に他人には見せられない物ばかりだった。
二人とも自撮りに満足するとスマホを仕舞い、ようやく海に入ってみることに。
「浮き輪は上よりも下から通した方がいいですね」と言って、足を通しやすい様にしゃがんで低い位置で持って構えると、久我山さんは僕の肩に手を乗せて、片足づつ浮き輪に通したので、浮き輪を持ち上げ腰の位置で「はい、あとは自分で持って下さい」と浮き輪を渡した。
またグダついても面倒なので、そのまま手を引いて波打ち際へ連れて行く。
穏やかなリズムで寄せては返す波しぶきが足を濡らし始めると、久我山さんは僕にしがみ付いて来た。
豊満なおっぱいが僕の腕に思いっきりぶつかってるけど、久我山さんはそんなことに構ってられない様子で波にビビっていた。
「リョウコちゃん、ビビりすぎ」
「だってぇ!きゃ!冷たいよ!」
「いや、そんなに騒ぐほど冷たくは無いんですけど。むしろ思ってたより温いと思うんですけど」
「やっぱりムリだよぉ」
学校での総務委員会委員長としての厳しくも頼もしい姿がウソの様に、情けない声を出している。
それでも構わずにもう少し先に進もうとするが、久我山さんは足を踏ん張って、これ以上は進みたく無いとばかりに抵抗を始めた。
「ほら、もう少し深いとこまで行きましょうよ」
「ホントにムリだから!パラソルのところに戻ろうよぉ」
久我山さんは内股で脚をすり合わせる様にして、泣きそうな表情を浮かべている。
いつも強くて頼もしい姿を見せてくれていた久我山さんの泣き顔を見ていると、悪戯心が湧いて来るのは、何故だろう。
もっと怖がらせてみたい。
もっと泣かせてみたい。
もっと情けない姿を見てみたい。
「よし!僕に任せて下さい!」
そう言って、久我山さんの膝裏と右脇にそれぞれの手を回して、「よいしょっと」と持ち上げた。
所謂、お姫様ダッコと呼ばれる状態だ。
「待って!ムリだから!ホントムリだから!怖いよ!ムリムリムリ!」
「暴れると危ないですよ。大人しくしてて」
「ううう」
僕が優しく微笑みかけながら声を掛けると、漸く大人しくなり、両手を僕の首に抱き着く様に回した。
ゆっくりと歩みを進め、徐々に深くなっていく。
股下の深さまで来たら一度立ち止まり、久我山さんの表情を確認する。
「まだ怖いですか?」
「うん・・・」
「こうして僕が付いてても?」
「アラタくんが居てくれるから、ちょっと怖くなくなったかも・・・」
「そうですか。なら良かった」
と、僕に抱き着く久我山さんの目を見てニコリと笑い、腰を少し回転させながら久我山さんの体を沖に向かって思いっきり放り投げた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
どっぼーん!と音を立てて落ちた久我山さんは、声が出せない様子で顔が水面につかないように必死に手足をバタつかせている。
ビーチサンダルが片方脱げて、アップアップしている久我山さんの傍でプカプカと波に揺られていた。
その様子を見てゲラゲラ笑いながら、脱げたビーチサンダルを拾ってから久我山さんの傍まで歩いて行く。
「ココ、余裕で立てる深さですよ」
そう言って、まだジタバタしてる久我山さんの二の腕を掴んで引っ張り上げると、漸く足が着いて立ち上がることが出来た。
「酷いよぉ!なんでこんな意地悪なことするのぉ!」
久我山さん、タレ目を吊り上げて、超怒って僕のことをポカポカと叩いてくる。
それでもゲラゲラ笑いながら「ごめんなさい」と言って脱げてたビーチサンダルを履かせてあげると、「もう帰る!」と言って、僕を置いてビーチパラソルの所へ向かって歩き始めた。
すかさず駆け寄って、逃げられないように「よいしょっと」と再びお姫様ダッコをする。
「もうイヤ!ヤメテぢょうだい!ホントに怒ってるんだから!」
と暴れ、普段と違い余裕のない久我山さんを見て、再び悪戯心が刺激されて沖に向かって放り投げた。
「ちょ!?まってぇぇぇぇぇ!!!」
今度は顔から水面に突っ込む様に落ちた久我山さんは、浮き輪からお尻が上に向いてて上半身が海中に突っ込んでる状態となり、起き上がれずにジタバタしている。
流石に不味いと慌てて駆け寄り、腰に抱き着く様にして持ち上げると、久我山さんは精魂尽き果てたのか、濡れて顔に張り付いた髪を払うことなく、シクシク泣いていた。
流石にやりすぎた。
何時までもビビってたら折角の海が楽しめないと思い、強引に波に慣れて貰おうとしたけど、久我山さんから気に入られていると言う慢心からなのか、それとも海の解放感がそうさせたのか、僕は調子に乗り過ぎてしまった様だ。
「ごめんなさい。リョウコちゃんの泣き顔があまりにも可愛くて、ついつい悪戯が止まらなくなっちゃいました」
「ううう」
「もうしないから、機嫌直して下さいよ」
「大っ嫌い!アラタくんなんてだいっっっキライ!!!」
久我山さんはそう叫びながらも何故か、向き合っている僕の正面から両手を僕の首に回して抱き着いて「怖かったよぉ」と泣き声をあげた。
一瞬ぶん殴られるかと身構えた僕は、少し腰を落としたまま久我山さんの背中に両手を回して抱きしめ返した。
落ち着かせる為に、背中に回した手で赤ちゃんをあやす様にポンポンと優しく叩いていると、久我山さんは僕の耳元で「一生、許さないんだから」と
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第4章、お終い。
次回、幕間エピソード2話分挟んで第5章スタート。
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